バトルはトレーナーも強くないと身がもたない

朝起きたら知らない洞窟で知らない男と野宿していた経験ってあるか?


目が覚めたら八歳の誕生日で、ねえちゃんやじいさん、レッドとその母ちゃんに祝われるはずだったオレはなんか寒い洞窟の寝袋に収まっていた。


とはいえそんな普通の子どもならトラウマになるような状況でも、オレはすぐに落ち着きを取り戻せた。寝ている奴の近くに置いてある帽子は見覚えがあるし、逃げないように縛られているわけでもない。そして近くのバッグの中から見つけたこの手帳。


開いてみると、ポケモンの成長記録や覚えている技などがこと細かに記されている。日付を確認すると想像していたものより七年も先。ポケットにはトレーナーカードがあって、自分の名前──グリーンと書かれている。


──なるほどな。


つまり、七年後の自分と入れ替わったか記憶喪失になったか、そのどっちかというわけだ。目覚めて数分で状況を理解できるなんてオレさま天才だな。うん。


ということはやっぱりこの寝ている男はレッドなわけだ。レッドに記憶がおかしいことを知られるのは弱みを見せるようで嫌だし、今のうちにできるだけ手帳を読み込んで、何事もなかったように振る舞えるようにしよう。


ページをめくるたびに気分が上がっていく。本当なら旅に出て外の世界や本物のポケモンを知れるのは三年先のはずだった。でも今自分の手元には六匹の本物のポケモンがいる。これで興奮するななんてムリな話だ。


もぞもぞと寝袋のこすれる音がする。レッドが起きたようだ。

なんでこいつ半袖なの?


「ようレッド!」

「⋯⋯⋯⋯分かった」


挨拶したらオレの知らない何かを理解された。そしてレッドは起き上がり洞窟を出て行った。仕方ないので後を追ってやることにした。 いつもより視線が高くて少しぐらつく。ところでなんであいつ半袖のまま外出てんの? オレも脱いだ方がいいの?


洞窟の外は雪が積もっており、広い空間があった。レッドは途中で立ち止まり振り返ってボールを取り出した。


そうか、バトルをするのか。

そういえばこの間CMで「目と目があったらバトルの合図!」って流れてたな。さっき挨拶したときに目があったからバトルの誘いと思われたのか。


つまり──

バトルするとき以外は目を合わせちゃいけないってことか!?


これがプロの世界って、やつか⋯⋯!


正直バトルはテレビで見たレベルなのであまりよく分からない。先ほどの手帳も完全に暗記したとは言えない。他にある知識といえばせいぜいタイプ相性くらいだ。かなり不安はあるけど、バトルから逃げるわけにはいかないだろう。というかレッド相手に逃げたくないし。


まあなんとかなるな! オレさま天才だしな!



そしてバトルが始まった。


レッドがリザードンを繰り出す。で、でけぇ! テレビとか雑誌とかでは見たことあるけど実際に見るのは初めてだ! かっけぇ!! もちろん、こんなことで興奮していたら怪しまれるので平然とした顔をしておく。


まずは無事にポケモンを繰り出さなきゃな。持ってるボールからうっすら覗くポケモンたちをみる。確か火に強いのは水だ。水で消火するイメージ。ギャラドスが水ポケモンっぽいのでそいつに決めた。技にたきのぼりとかあったし。青いし。


確か、テレビで見た時はボールを投げてポケモンを出していた。先ほどのレッドの真似をすれば多分出てくるだろう。


「いけ! ギャラドス!」

オレはかっこいいポーズを決めてからボールを思い切り投げた。八歳の感覚のままに。しかし十五歳の身体は思っていた以上に力があったようで──


がつん!


「⋯⋯⋯⋯っ!?」

「あっ」


ボールはレッドの頭にクリーンヒットした後、跳ね返って無事ギャラドスを繰り出した。


「⋯⋯⋯⋯えーと」

「⋯⋯⋯⋯!? ⋯⋯⋯⋯!!?」

「ぼーっとしてるお前が悪いんだぜ!」

オレは開き直ることにした。



ボールをいきなりぶつけられたレッドは──

(ボールをトレーナーにぶつけるのは反則じゃ⋯⋯いや、グリーンが反則なんてするはずがない。これは今まで誰も考えつくことのなかった新しい戦略⋯⋯!!)

──感心していた。次に出す時は自分もぶつけてみようと考えていた。打ちどころが悪かったのかもしれない。ちなみに二人のボールは丈夫にできており中のポケモンには特に影響ないので読者のみなさんは安心してほしい。



オレは悩んでいた。

無事ギャラドスを出せたものの、まだ問題が残っている。


投げたボールってどうすりゃいいんだ?

拾いに行くのか? なんかダサくね?


はてレッドはさっきどうしていたかと首を傾げていると、投げたはずのボールがオレ目掛けて飛んできていた!


「うわっ!?」


咄嗟に避けるとボールは弧を描くように戻ってきてそのまま後頭部に直撃した。

「いっ──!!!」

思わず頭を抑えて蹲ってしまったのを誤魔化すついでに落ちたボールを拾い、ちら、と前を伺うと──レッドとリザードン、そしてギャラドスまでもが呆然とこちらを見つめていた。

オレはこほん、と咳払いをしたあと、


「ギャラドス! りゅうのまい!」


何事も無かったかのようにバトルを開始した。



それに対してレッドは、

(くっ⋯⋯さすがグリーン。わざとボールの受け取りに失敗することでこちらの精神的動揺を図るなんて⋯⋯! 全て作戦通りというわけか⋯⋯)

あまりに有り得ない失敗にそう解釈していた。



オレの先ほどの失敗による羞恥心は次のリザードンによる攻撃で一瞬にして吹き飛ぶこととなる。


「リザードン! エアスラッシュ!」

空気の刃がギャラドスを襲う。

そして、ギャラドスの後ろにいたオレの真横を、ギャラドスに当たり切らなかったするどい空気が通り抜けていった。頬に切り傷ができる。後ろの木が一本なぎ倒された。


「⋯⋯⋯⋯え?」


たら、と冷や汗が流れた。なんだ? これポケモン同士の闘いじゃねぇの? 何でオレが怪我してんの?


「ギャ、ギャラドス! たきのぼりだ!」

固まっている暇はないのですぐにギャラドスに指示を出す。りゅうのまいと、たきのぼりまでしか思い出せないのでこれ以外に打てるものがない。するとギャラドスが行動する前に、

「もどれリザードン! 行ってこいカメックス!」

レッドがポケモンを入れ替えた。なんだそれ! ずるい!

カメックスにたきのぼりはたいして効かない。次の攻撃はたった今思い出したおんがえしを放つことした。どんな攻撃か全く想像がつかない。ギャラドスがオレに恩返ししてくれるんだと思うけど、恩返しされる側が恩返しを命令するってどうなんだろ。


攻撃は尻尾?を使った物理的な、いたってノーマルなものだった。ギャラドスがこちらを振り返ってウインクしてきた。取り合えずこちらもウインクし返した。でもごめんな、オレおまえのことよく知らないんだ⋯⋯


「カメックス! ふぶき!」

罪悪感に浸ってる間もなくレッドは恐ろしい攻撃をしてきた。

ごおおおお、と激しいふぶきが襲い掛かってくる。

寒い寒い寒い!! 凍るわ! 避けようないじゃねぇか! なんでレッドは平然とした顔をしているんだ?


──昔、誰かのインタビューで読んだことがある。トレーナーは、ポケモンと共に戦うものだと。精神論だと思っていた。違った。ガチだった。


ギャラドスが凍ってしまったので、いったん手元に戻すことにした。が、戻し方が分からない。さっきレッドはどうやっていた? なんかポケモンにボール向けてたよな。よし。


「もどれギャラドス!」


───戻らない。


故障か? くそっ⋯⋯もどれとか叫んじゃったから恥ずかしいぜ⋯⋯! どうすりゃいいんだ。このボタンか?

ボールを観察して適当にボタンを押してみると赤いレーザーみたいなのが顔に当たった。そうか、これをポケモンに当てればいいんだな!

持ち直そうとしてレーザーをあっちこっちにぶつけながらギャラドスをボールに戻した。



レッドはグリーンのあまりに不審な動きに動揺していた。

(なんでバトル中にボールのレーザーで遊んでいるんだろう⋯⋯一匹こおり状態になっても余裕だと言いたいんだろうか?⋯⋯駄目だ、バトルに集中しないと⋯⋯! これもあいつの作戦なのか⋯⋯!?)



「いけ! カイリキー!」

水に効くのは電気と草のはずだが、ナッシーだとさっきのようなこおり技を放たれたときが辛い。悩んだあげくなんか寒暖差に強そうなカイリキーに決めた。


「カメックス、ラスターカノン!」

レッドがそういうとカメックスの身体に光が集まり始めた。いやな予感がする。あの光がこちらに放たれそうな気がする。殺す気か?


そして案の定光は放たれたがカイリキーが全身で受け止め攻撃をくらってくれたためにオレは助かった。死ぬかと思った。ポケモンバトル、正直舐めていたぜ⋯⋯


「よし、カイリキー、じ──」

じしん、と指示しようとしてオレは考え直す。じしんって、範囲広すぎないか? 山で地震なんて起こったら、土砂崩れとか起こすんじゃ⋯⋯それで万が一、誰かが怪我したら⋯⋯?

「あ、か、かみなりパンチだ!」

そうだ、よくよく考えたらカイリキーは電気技を覚えているんだった。タイミングよく思い出せてよかった。さすがオレ。

パンチはカメックスにクリーンヒットし、もう少しで倒せそうだ。するとレッドはバッグから何か取り出しカメックスに吹き付けた。カメックスは一瞬にして元気になった。なんだあれ⋯⋯危ない薬か!? 見損なったぜレッド!



(なぜだろう、グリーンが軽蔑するような目でこちらを見ている⋯⋯もしかして回復薬なしのルールだった? そんなこと言ってた⋯⋯?)

勘違いによりレッドは自らどんどん混乱に陥っていた。



その後、バトル慣れしたグリーンが安定したことにより、レッドも調子を取り戻した。お互いポケモンを入れ替える度に相手にボールを投げつけ合っていたので──レッドが真似してぶつけ、ぶちぎれたグリーンがやり返し──出現位置が相手トレーナーの真横だったり真後ろだったりしたポケモンたちは大いに戸惑った。いい迷惑である。

ポケモンの攻撃のとばっちりを受け傷を増やしまくっているグリーンにレッドは

(ポケモンの痛みを知ることで絆を深めているんだろうか⋯⋯?)と勘違いに勘違いをどんどん重ねながらも、落ち着きながら指示を出していくことができた。


そしてなんやかんやあってレッドが勝利した!


(危なかった⋯⋯これからの課題は何事にも動じない強いメンタルかもしれない。まだまだ修行が足りないな)

トレーナーとの戦いで相手がボールを受け止め損ねたり上手く戻せなかったり、ましてやボールをぶつけあうことなんて絶対この先ないだろうに、レッドはそう決意を新たにしたのだった。


グリーンは完全に伸びていた。

そんなグリーンの財布からレッドは適当に二万円ほど抜き取った。




***


目が覚めたら雪の上で全身に覚えのない痛みに苛まれる経験をしたことがあるだろうか。


シロガネ山のレッドの元へ遊びにきてやった俺はそのまま洞窟に泊まり、久々に野宿を経験していただけのはずだった。なのに起きてみれば洞窟の外だし後頭部はずきずきするし全身傷だらけだ。奇襲にでも遭ったのか!? と思考をぐるぐるさせていた。

レッドが相変わらずの間抜け面でこちらを覗きこんでいる。


「レッド、一体何が⋯⋯」

「思ったんだけどさ」

状況を聞き出そうとしたものの遮られてしまった。


「やっぱりボールをトレーナーにぶつけるのは良くないと思う」

「⋯⋯なに当たり前なこと言ってんだ?」

「あとポケモンが外した攻撃は避けるべきだと思う」

「⋯⋯なに当たり前なこと言ってんだ?」


久々に喋ったと思ったら、こいつ頭大丈夫か?




真実を知る者も、ツッコミを入れてくれる者もその場にはおらず、グリーンはレッドと全く噛み合わない会話を繰り広げた後に下山した。

レッドはその後、とあるトレーナーが他のトレーナーにボールをぶつけまくっていたという噂を聞き、なんだあいつのは二番煎じか、とグリーンへの評価を下げた。

グリーンは今流行りの番組『世にも奇妙なポケ語り』に、幼馴染が山の霊に取り憑かれた、というタイトルで投稿してみたが取り上げられることはなかった。



今日も変わらずシロガネ山には雪が降り注いでいる。



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