ギャラドスの恩返し
「コイ"キング"、なんて名前だからポケモンの中でも最強かと思ったのに──なんだこれ! めちゃくちゃ弱いじゃねーか! 騙された!」
ピチピチと跳ねるコイキング。それはグリーンがポケモンセンターで声を掛けてきた男から五百円で購入したポケモンだった。
「はぁ、どうすっかな。図鑑埋めるために進化させたいとこだけど、そもそも進化するかも解んねぇし、マジでこいつ弱ぇし⋯⋯うかうかしてるとレッドに先越されちまう。諦めてマサキのとこに預けるか?」
しゃがんでコイキングを眺めながらそう呟いていると、どすん! と突然コイキングが体当たりをしてきた。
「う、うわっ!? なんだよ、怒ったのか──?」
コイキングはグリーンをじっと見つめてピチピチとまた跳ねたあと、近くの小さな木に体当たりを始めた。
どすん、どすんと何度も木にぶつかっていく。そんなコイキングをグリーンはしばらく呆然と眺めた。
そして揺さぶられていた木がとうとう折れて倒れたところでハッと意識が戻る。
「お前、もしかして、戦いたいの?」
そう問えばコイキングは今までで一番大きな跳ねをしてみせた。グリーンは少し考え込んだあと、よし! と拳を握る。
「分かった! 騙されて買ったポケモンだけど、オレはお前を見捨てたりしねぇよ! このオレが、世界一最強のポケモンに鍛え上げてやるぜ!」
グリーンの決意にコイキングは激しく跳ねて、意気込んでいるように見える。こいつと、こいつらと、絶対に世界最強に成り上がってみせる。心に誓ったグリーンは、また旅を再開したのだった。
***
「ギャラドス! たきのぼり!!」
トキワジムでご主人であるグリーンの掛け声と共に、挑戦者に勢いよく攻撃する。弱かったあの頃では到底想像も出来なかった自分の姿。
あの日、怖い顔をした見知らぬ男に捕まえられて、詐欺として売られていると認識したときは、とてつもなく屈辱的だった。
だが実際に自分はとても弱くて、一歩水の外を出たならば跳ねるかせいぜい体当たりをして見せることくらいしか出来ない。世界で一番弱くて情けないポケモンだと言われているほどだ。
だから、そんな自分を名前から強いと思い込んで目を輝かせて買う少年を見て、申し訳無さと惨めさに襲われた。
案の定ボールから自分を出した少年はガッカリと項垂れる。そして弱い弱いと何度も繰り返して愚痴るので、だんだんと腹が立ってきた。
好きで弱いんじゃない。本当はもっと強くなりたい。強くなれるはずなんだ。
そう訴えるように少年に体当たりをして、でも自分の力では小さい少年一人尻もちをつかせることも出来なくて、悔しくて何度も木に体当たりをする。
全力で何度も何度も強く体当たりを繰り返していると、とうとう木を折ることができた。まあ、もともと細い木ではあったのだが、それでも自分の可能性を見いだせたような気になって、少年に向き直る。
戦いたいのかと問われ、そうだと伝えるために一際大きく跳ねて見せると、少年は暫く難しい顔をして考え込んだ後、初めて笑顔を見せた。
太陽みたいな笑みだった。
「分かった! 騙されて買ったポケモンだけど、オレはお前を見捨てたりしねぇよ! このオレが、世界一最強のポケモンに鍛え上げてやるぜ!」
自分の思いが通じた嬉しさと、初めて誰かに期待される喜び。
「オレはグリーン! よろしくな」
この日から、この少年のために絶対に強くなって、共に頂点を目指そうと、強く心に誓ったのだ。
***
「勝者グリーン!」
自分が繰り出した技に相手は倒れ、審判役の声と共にバトルは終わった。
「ギャラドス! よくやった! やっぱお前って本当強いな」
嬉しそうに笑うグリーンが鱗を撫でる。それだけでいくらでも戦える気がした。
グリーンが一番可愛がっているポケモンはピジョットだ。明らかに贔屓するような人ではないけれど、見ていてそうだと何となく分かってしまう。だがそれは仕方ないことだ。ピジョットはグリーンが初めて捕まえたポケモンで、一番付き合いが長いらしいから。
でも、グリーンが育てたポケモンの中で、一番進化を喜んでくれたのは自分だったという自負がある。
初めて進化を遂げた日、大きな身体に進化して、見える世界が一気に変わって、今まで見上げていたグリーンを見下ろせば、唇を噛んで目を細めて涙を耐えている姿があった。
天に向かって大きく吼えれば、小さなグリーンが身体に抱き着く。
「お前、世界で一番かっこいいよ」
湖が太陽に照らされているかのように目をきらきらとさせたグリーンに、嬉しくなった。昔自分を売ったあの男に見せつけてやりたかった。
強くなった。もっと強くなりたい。そうしてこの人を、もっと笑顔にできたら。
そう願ってから思いの外すぐに、グリーンの世界最強になるという夢は叶った。本当に嬉しかった。誇らしかった。だが、それは一瞬で消えてなくなってしまった。
チャンピオンになったグリーンのすぐ後を追うようにやってきた、幼馴染らしい少年に、自分たちは負けてしまったのだ。
ボールの中から見上げる俯いたグリーンの表情はできれば一生見たくなかったもので。男に詐欺で売られたあの時よりも悔しくて悔しくてたまらなかった。
リーグを出て、人のいないセキエイ高原の隅でグリーンは仲間たちを全員ボールから出した。皆しゅんと項垂れて、グリーンの言葉を怯えて待っている。
「──お前たちは、悪くないよ」
声が震えていた。
「オレが、焦りすぎたから。お前達のこと、ちゃんと見てやれてなかったから。オレが悪いんだ。──ごめんな」
謝罪の言葉なんて聞きたくなかった。悪いのは期待に応えられなかった弱い自分たちだ。グリーンには常に自信満々に自分たちを導いていて欲しい。こんな弱った姿を晒させてしまったのが情けなかった。
「まだ、オレを見捨てずに、一緒に戦ってくれるか──?」
見捨てるなんて、そんなこと、むしろ自分たちが最も恐れていたことだ。グリーンはまだ弱い自分たちを見捨てないでいてくれている。信じてくれている。
ある者は翼をはためかせて、ある者は身体を揺らして、慰めるように意気込んだ。
景気づけにと空に吼えれば、グリーンは今まで一度も流さなかった涙を零して、笑った。
***
「そんなんじゃ、まだまだバッジは渡せねぇな!」
グリーンがそう言い放てば相手のトレーナーは悔しそうに「ありがとうございました!」と叫び帰っていく。
グリーンは負けてもあの時みたいな表情をしなくなったが、やっぱりこうして勝った時の笑顔が一番好きだ。
誇らしげに見てくれる瞳が好きだ。
堂々と強くグリーンと共にあること。
それが、今の自分にできる──最大の恩返し。
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