アローラ観光短編詰め
【ホテルの朝】
グリーン、と自分の名を呼ぶ声と揺さぶられた振動で目が覚める。ちらりと時計を見やれば朝の六時を指している。またか、と俺はため息を吐いた。
「日の出」
俺を起こしたレッドはカーテンが開かれたテラスを指差して言った。海から太陽が昇っている。うん、日の出だな。
「あのさレッド、俺も最初ははしゃいだけどさ⋯⋯もう見飽きたから寝かせといてくれって⋯⋯昨日も一昨日も言ったよな!? 俺の話聞いてねぇの!? それともお前は一日経つと記憶がなくなんのかよ!!」
眠さでイライラが最高潮の俺はキレた。枕で思い切りぶん殴ろうとすると避けられたので余計に怒りが募っていく。こんなことなら部屋を別々に取るべきだった。ホテル代はバトルツリー側が出してくれるので遠慮してしまったのだ。
「てか何で俺を起こすんだよ。そんなに俺に朝日見せたいのかよ」
「暇だから」
暇だから。言うに事欠いて、暇だから!
「俺だって! お前が日落ちた瞬間速攻で寝るせいで夜暇なんだからな!」
そう、レッドはシロガネ山で朝日が昇れば起き、沈めば寝るという現代人とは思えない生活をしていた。二十時前には寝てしまうのでグリーンは大いに暇だ。持ってきたポケモンカードが無駄になってしまった。仕方なくホテルの外を出て夜型のトレーナー達とバトルしてると、気がつけば夜更しをしてしまう。昨日も夜中までバトルに勤しんでいたために今とてつもなく眠いのだ。
「グリーンも同じ時間に寝ればいい」
「十九時とか二十時とか、寝たくても寝れねぇよ! お前が合わせろ」
「じゃあバトルで勝った方が合わせる」
「上等だ!」
次の日からグリーンは、二十時に寝て六時に起きる生活を強いられることになった。
***
【チュウジロウ】
「さーて今日はどうすっかなー」
パンフレットをパラパラ捲りながらグリーンはレッドと共にホテルの外へ出た。
「あれ」
レッドがグリーンの肩を叩き近くのパラソルを指さす。グリーンがその指の先を見やるとそこにいたのは──
「あ!! あれ!! チュウジロウじゃねーか!?」
「チュウジロウ?」
「おまっ、ピカチュウに反応しただけかよ。ちょっとはテレビ見ろよ。今映画で大ブレイク中な超人気タレントのピカチュウだぜ! オフってやつかな? 邪魔したら悪いよな」
するとパラソルの下でくつろいでいたチュウジロウが起き上がり、ちゃあ、とこちらに手を振ってきた。
「ちょ、見ろよ!! 俺に手振ってきてくれたぜ! ファンサービスやべぇな!」
「いや今のは僕に振ってた」
「は? 俺だろ」
「僕」
若干険悪になりつつも二人はチュウジロウに手を振り返した。チュウジロウのウインクにより謎の張り合いは一瞬にして霧散した。
ちょろい二人である。
***
【バイト】
「ビーチ行こうぜレッド。なんか割の良いバイトがあるらしい」
「怪しい」
「教えてくれた人は別にやばくなさそうだったから大丈夫だって!」
ビーチへ向かうと、中年の男性が前を歩いていたグリーンに気づき声を掛けてきた。
「君! 良ければちょっとバイトしていかないか?」
「おっ、多分噂のバイトだぜ。──やるやる!」
グリーンが男の元へ走っていくのを見て仕方なくレッドも歩いて後を追った。
「ん? そっちはお友達かい? 君もやりたいのかな?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あー、給料一緒くたでいいからさ、こいつと二人でやっていい?」
レッドが何も喋らないのでグリーンが勝手に話を進める。交渉し終えたグリーンはくるりとレッドに向き直った。
「来んのおせーぞレッド。なんか、その辺のナマコブシ海に投げてけばいいんだってさ。面白そうだからやってみようぜ! たくさん投げた方の勝ちな!」
勝負の結果はグリーンが5匹、レッドが2匹だった。レッドは勝負する気があまり起きずナマコブシを投げる前に毎回じっと観察していたためだ。観察されたナマコブシは硬直していた。
それを知らないグリーンは得意げに男に報告する。二人の様子を見ていた男はグリーンを気の毒に思いつつもそれに関しては触れなかった。
「ありがとう! これ、給料弾んどいたから受け取ってくれ」
そう言って渡された金額にグリーンは衝撃を受けた。
「やべぇ。二万って⋯⋯ワタルとバトルで勝ったときより貰えるじゃねぇか」
「あの人金稼ぎにちょうどいいよね」
「ワタルが聞いたら泣くぞ? よし、この金でお前のそのダサい服なんとかするか!」
別に興味ない、必要無い、とぶつぶつ呟くレッドを無理やり引き連れグリーンはアパレルショップへ向かった。色々と着させて服を選んでやり、店の外でレッドが服を買うのを待った。出てきたレッドの袋を、「ちゃんと買えたんだろーな?」と覗き込むと、ピカチュウ柄のシャツと、アローラ☆と筆で書かれたタンクトップが収まっていた。
「な、なんで──」
「ピカチュウは可愛かったから。タンクトップはグリーンに──」
「いらねぇ!! 何の罰ゲームだよ!! せっかく選んでやったのに!!」
泣いて頼んだってもう二度とお前の服選び手伝ってやんねーからな! とグリーンは散々ブチ切れた後、ピカチュウシャツを着ようとするレッドを全力で止めた。バトルツリーのマルチではレッドと組むのだ。ピカチュウシャツ来たやつが隣なんて冗談じゃない。
汚れるから部屋着にしろと説得したらレッドは渋々折れた。こいつ昔はここまでセンス悪くなかったよな? とお幼馴染の変わりように呆れたグリーンであった。
***
【御三家ジャンプ】
「ひゃっほーーー!!」
大きな波を登り大胆にジャンプを決める。
ざぱん! と水しぶきがグリーンの髪を濡らしてきらきら輝く。
アローラでグリーンが一番ハマったのはマンタインサーフだった。
移動手段である波乗りとは違う爽快感、疾走感。一気に夢中になってレッドを半ば無理やり付き合わせながらほぼ毎日のように波に乗っていた。
三日目で飽きたレッドはサーフィンではなくもはやマンタインで波乗り状態だ。
そんなレッドもお構いなしにグリーンは次に決める技を考えた。そろそろオリジナルのジャンプを開発してもいいかもしれない。
取り敢えずはまたスピードを出していこうと構えたところで、レッドがすいーっとグリーンの隣に並んだ。
「グリーン」
「あ? なんだよパフォーマンス中に話しかけるんじゃねー」
「凄い技思いついた」
技? と聞くとレッドはこくりと頷く。試したいから離れててと言われ、グリーンは納得いかないながらも好奇心に負けて大人しく離れた。自己記録更新はまた後で挑戦すればいい。
レッドはモンスターボールを左手に二個、右手に一個持つと、マンタインで波を利用してスピードを上げていく。
ざんっと波のてっぺんで大きなジャンプ。ここまでは普通だ。
レッドは空高くボールを投げ上げた。
「フシギバナ! 花びらの舞!」
太陽を遮るように現れたフシギバナが花を散らす。戻れ、とすぐにボールに戻した後、
「リザードン!」
近くにリザードンを繰り出し飛び移った!
主がいなくなったマンタインはくるりと海へ飛び込む。
水粒が光を反射して花びらを輝かせる。
その場でリザードンが横に一回転。花の中を突き抜けてさらに上空へと昇りながら、レッドは次のボールを海へ投げた。
「カメックス! ハイドロポンプ!」
海へ飛び込むと同時にカメックスはその場で回転しながら水を垂直に発射。それを先程のマンタインが登っていく。「だいもんじ!」の掛け声に合わせてリザードンは空に火で大の字を書いた後、レッドと共にひっくり返るように急降下。登りきったマンタインとの距離二メートルほどでレッドはリザードンを戻しマンタインに再び着地。そのまま大きな弧を描くように海へと着水した。
そしてグリーンの方へと向き直り、ふ、と得意げに笑った。
辺りには花びらと、巻き込まれて気絶したメノクラゲが浮いている。
「御三家ジャンプ」
か──
かっけええええええ!!!
グリーンは一気に熱を上げた。
「ちょっ! おまっ、なんだ今の!! やっべーな!! 俺もやる!! いけギャラドス!!」
その後二人は出禁になった。
***
【ピカチュウの谷】
船でアーカラ島へと戻ったグリーンとレッドはマップとにらめっこをしていた。
「レッドお前行きたいとこある?」
「ピカチュウの谷」
「好きだなーお前。別にいいけどよ。ピカチュウ以外何も無いんだろ? ここ。結構時間余りそうだな」
「余ったらバトロワ」
そんなことを言いつつピカチュウの谷へと向かった。
そしてグリーンは固まっていた。
至るところにピカチュウ、ピカチュウ、ピカチュウ。新しく来た人に興味を持ってとてとてと近づいてくるピカチュウ。足元で首を傾げているピカチュウ。バスから飛び出すピカチュウ。
──か、かわ、可愛い⋯⋯!!! なんだこの生き物!!!
あまりの可愛さに「ここは天国か?」と時間を忘れていると、気がつけばレッドの周りにピカチュウが集まっていた。谷にいる全てのピカチュウを手懐けたらしい。レッドが歩くとたくさんのピカチュウが着いて行く。くそ、羨ましい⋯⋯!
「おい、ずるいぞレッド!」
「グリーンはイーブイ派だろ」
「何で知っ──! いや、まあ、そうだけど!!」
「こっち来てもいいよ」
「ぐっ──」
プライドとピカチュウに囲まれてみたい願望を天秤に掛けて揺れていたグリーンは最終的にピカチュウを選んだ。
結局二人は一日中ピカチュウの谷で過ごしたのだった。
***
【修羅場】
日が暮れてから谷を出たところで突然レッドのピカチュウがボールから飛び出した。目を半眼にして腕を組んでいる。頬の電気袋がパチパチと音を立てた。
「ど、どうした」
レッドは慌てふためいたが、グリーンはすぐに合点がいった。
「あー、お前浮気どころかハーレム作ってたもんなぁ。そりゃあピカチュウも怒るよなぁ?」
ピカチュウは同意するようにフンスと鼻を鳴らす。
「誤解だ⋯⋯」
レッドは浮気がバレた夫のようなことを言い始めた。撫でようと手を伸ばしてもツーンと顔を背けられる。ショックを受けるレッドを見たグリーンは笑いながら「ざまぁねえな!」と追い打ちをかける。谷のピカチュウが全てレッドにばかり構われたがるので少しムカついていた胸がすくような気持ちだ。
「どうしよう」
「どうするって、全力で謝って機嫌取るしかないだろ」
「いや、それもあるけど」
ボールを手に持ったレッドが普段見せないような絶望の表情で「ボールに戻ってくれない」なんて言うので、今度こそグリーンは吹き出した。
「ぶっ! あっははは! なっさけねー! お前絶対結婚したら尻に敷かれるタイプだぜ。今確信した」
笑い続けるグリーンをひと睨みした後、仕方ないのでレッドは諦めてボールをホルダーに戻した。屈んでピカチュウと目を合わせて、「どうしたら許してくれる?」と聞くと、ピカチュウはとたたっとレッドの肩に登った。
もぞもぞ動いてちょうどいいポジションを確かめると、相変わらずのツンとした態度でそのまま肩に収まる。
「はは、ライドギアで移動しようかと思ってたけど、満足するまでそうしてやれば? にしても可愛いやつだなお前」
グリーンがつつくとピカチュウはしっぽでパタパタとグリーンの手を叩いた。そしてグリーンの言葉に反応したのかボールからピジョットが出てきてグリーンに頭を擦り寄せた。
「ま! オレのピジョットには負けるけどな!!」
その後真っ暗闇の中、大の男二人が薄気味悪くポケリフレしているところを誰かに見られていたようで、ピカチュウの谷はしばらく厳重体制が敷かれることとなった。
***
【マリエ庭園と後輩】
「ここがマリエ庭園か」
しとしと雨が降る中、レッドとグリーンはウラウラ島のマリエ庭園へ訪れていた。
「なんか、ジョウト地方のエンジュに似てるな」
「あれスズの塔感ある」
レッドが指差した塔は確かにスズの塔に似ていた。グリーンはパシャパシャと何枚か写真を撮ったあと、最新のポケギアXIで何やら電話を掛け始めた。
「よおヒビキ!」
『グリーンさん⋯⋯今アローラなんですよね? 時差あること知ってますよね? こっち夜中の三時なんですけど』
どうやらジョウトの後輩に掛けたらしい。画面に頭がぼさぼさで眠そうなヒビキが映っている。
「あ、忘れてた。悪いな。あのさ、今送った写真見た?」
『本当に反省してます?⋯⋯まあいいや。ちょっと待っててくださいね』
僕なら速攻で切るのに律儀なやつだなぁとレッドは思った。暫く何か操作するような動きをしていたヒビキは「あっ」と声を出した。
『エンジュ? じゃないか。でも何か見覚えあるなぁ』
「ジョウトの奴らが作った場所らしいぜ」
『ああー! 学校で習った!!』
「へー! 詳しく教えてくれよ!」
『⋯⋯学校で習う場所です!』
どうやら内容は覚えていないようだ。グリーンが呆れた目を向ける。
「ああそう。いかりまんじゅうお土産に買ってってやろうか?」
『ええー? こっちでいつでも買えますよ。アローラのお土産がいい!』
「はは、分かってるって。じゃあな、起こして悪かったな!」
そう言ってグリーンは通話を切った。楽しそうに「ヒビキとコトネのお土産どうすっかなー。あ、シルバーにも買ってやらないとな!」とパンフレットをめくり始める。暫くは買い物三昧になりそうだ。
***
【ジムオブカントー】
「おいおい見ろよ! ジムオブカントー! 気になってたんだよねー! もちろん挑戦するよな?」
初めてマンタインサーフをした時のようにグリーンは目を輝かせてレッドを引っ張っていった。レッドも興味を惹かれているようでじっと建物を見つめている。
「さて、せっかくだし一人ずつやろうぜ。どっちが先にやるかは手っ取り早くジャンケンで良いか?」
グリーンが提案すると、レッドは素直に頷いたので店の前でジャンケンをする。勝ったのはレッドだった。
「ちぇっオレが先にやりたかったのによ。行ってらー」
そしてレッドがジムオブカントーに入ってから三十分ほど経った頃。
レッドが若干赤くなった顔を隠すように帽子で伏せながら出てきた。スタッフの人たちが後ろでくすくすと笑っている。
「ど、どうしたんだよ。まさか、負けちまったのか!?」
「いや⋯⋯バトルはすぐ勝てたけど⋯⋯」
「じゃあ何を恥ずかしがってんだよ」
「⋯⋯別に」
レッドは貰ったサイコソーダを一気飲みした。
変なやつ、と思いつつグリーンも挑戦すべく入店する。
建物の中にはゴミ箱が等間隔に並べられていた。マチスがリーダーを務めるクチバジムの再現らしい。一応飲食店として経営しているようだ。石像には利用料金表だのといったことが書かれており、リーダーに勝っても名前は刻まれないようで少し残念に思った。
お金を払いサイコソーダを受け取った後、グリーンはゴミ箱の中を覗いて思った。うわ氷入れるとか何の修行だよ、と。なんかドリンクも入ってるし、と。そして懐かしく思いながら深く考えずにゴミ箱の中にあるだろうスイッチを探していった。
ごそごそ漁っていると、近くのジムトレーナーがおずおずと声を掛けてきた。
「あの、何してるんですか?」
「え?」
「さっきの子もやってたけど、一応それ、アイスペールなので⋯⋯お客さんに渡すものだし、あまり触られるのはちょっと⋯⋯」
「いや、だって──」
ちら、とジムリーダーがいるであろう奥を覗いてグリーンは気づいた。電気のレーザーがないことに。別に仕掛け解かなくてもジムリーダーにたどり着けることに。
かぁぁぁ、と一気に顔が熱くなる。
だって! クチバの再現って言ってたじゃねぇか!!
そしてグリーンは速攻でバトルを終わらせていった。一刻も早く出て行きたかった。トレーナー達が電気タイプのポケモンを使わないことも一瞬気になったが、もはやどうでも良くなっていた。
サイコソーダとポケマメを持って建物を出る。三本目のサイコソーダを開けていたレッドがグリーンに気づいて声をかける。
「どうだった?」
「⋯⋯オレもうここ来れねぇ」
「やっぱやるよね」
「つーかレッド! わざと言わなかったな!?」
レッドは目線を明後日の方向にやりながら、グリーンなら気づくかと思って、と嘯いた。
グリーンは貰ったサイコソーダを一気飲みした。
***
【海を渡ったメッセージ】
グリーンはウラウラ島のビーチで未練がましくマンタインを眺めていた。
「ちくしょう、お前のせいだからなレッド」
「⋯⋯自分もギャラドスで散々暴れたくせに」
するとグリーンは、浜辺に手紙の入った瓶が落ちていることに気がついた。
「ほー、瓶のメッセージか。どれどれ⋯⋯」
中の手紙を取り出すと、そこにはマリエシティのはずれの岬にいるダイスケという男に会ってくれと書かれていた。
「ダイスケってなんか聞いたことあるような⋯⋯」
二枚目をめくって、グリーンは目を見開いた。
そしてあいつとポケモン勝負をしてくれないか?
オレが行きたいところだが⋯⋯
まずはキミで小手調べ
なんてな!
「ってこれヤスタカの手紙じゃねーか!!」
ヤスタカというのは、グリーンがリーダーを務めているトキワジムのトレーナーだ。いつだったか後輩から最近音沙汰がないと心配していたことを思い出した。一人で盛り上がっているグリーンに、ヤドランと戯れていたレッドが心配して声をかける。
「頭大丈夫?」
「レッド、ちょっと急用できたからマリエシティまで行くぞ!」
「ライドギア使うとリザードンが拗ねる⋯⋯」
渋るレッドに知るか! と一括し、グリーン一行はライドギアで空を飛びマリエシティのはずれの岬へ向かった。
ダイスケと思わしき男は少年とバトルしていた。
グリーンは草むらに身を隠して様子を伺う。わけも分からず付き合わされているレッドは何かに気が付きグリーンの背中を叩いた。
「グリーン」
「しっ! 今話しかけるんじゃねぇ」
「⋯⋯⋯⋯」
バトルを終えたダイスケはぽつぽつと少年に話し始めた。
ヤスタカには随分世話になっていたこと、有名なジムのトレーナーで憧れているということ、スランプになって連絡を取れていなかったこと⋯⋯。
──駄目だ! ボールから出てしまった!
少し涙目で海を眺めたダイスケは、振り返って笑顔で少年に「おまえと勝負できてよかったぜ!」と言った。色々と吹っ切れたらしい。きっともう大丈夫だろう。
──ああ! 捕まえたと思ったのに!
グリーンは「へっ、あのガキに先越されちまったな。ヤスタカも良い後輩持ってるじゃねーか⋯⋯」とじんわり胸が熱くなっていた。
──やったー! ベトベターを捕まえたぞ!
「──さっきからうるせぇぞレッド!!! ってそれリージョンフォームのベトベターじゃねーか! しかも色違い! 何で教えてくんねぇんだよずりぃよ先に捕まえやがって!」
「声かけたのに」
言い争う二人に気がついたダイスケと少年は、なんかテレビで見たような見覚えある人達がいるなーと思ったが全力で気の所為だと結論づけることにした。
***
【マサキと電話】
「マサキー! アローラ!」
『アローラ! ってなんや随分楽しんどるやん』
グリーンがテレビ電話を掛けた相手は、有名なポケモンマニアでありお預かりシステムを開発した男──マサキだった。
前にアローラ旅行のことを伝えたとき、珍しいポケモンを見つけたら教えてくれと頼まれていたのを思い出したのだ。
「さっきマリエシティのはなれの岬でさ、リージョンフォームの色違いベトベター捕まえたんだよ。ほらこれ」
グリーンはベトベターにカメラを向けた。
『ほんまや! カントーのベトベターみたいな色やなぁ。やるやん!』
「まあ捕まえたのはレッドだけどな⋯⋯」
『こっちに転送してくれてもええねんで』
「アローラからカントーには送れないだろ。写真は沢山送ってやるからさ!」
『ぐぬぬ⋯⋯しばらくは転送マシンの改造三昧になりそうやな⋯⋯。ちゅーかグリーンくん、わいはこうして連絡してくれんのめっちゃ嬉しいねんけどな、たまにはオーキド博士にも連絡したりやー。拗ねとったでー』
「じいさんがぁ? 拗ねるぅ? すぐに嘘って分かる冗談やめろよマサキ」
『いやぁ、自業自得とはいえ不憫やなぁあの人も。二人共ツンデレやとこうなってまうねんなぁ⋯⋯あ! 後ろにおるんは未だにわいのポケモンコレクション見てくれへんレッドやん!』
ベトベターをボールに戻そうと近寄ったレッドが画面に映ったらしい。
マサキに呼ばれたレッドがこちらにやってきて、帽子のつばを持ち軽く挨拶した。
「なんだよレッド、旅してた頃見せてもらわなかったのか? オレあれのおかげでかなり図鑑埋まったぜ。サント・アンヌ号でお前と会ったとき絶対お前より埋まってた自信ある」
「グリーン、こいつは危険人物だ」
レッドが画面のマサキに向かって警戒するような目線を向ける。マサキは分かりやすくショックを受けた顔をした。
『なんでや!! こない人畜無害やのに!!』
「おいおい、確かにマサキはすげぇ発明できるくらい頭いいし、悪いことしようと思えば出来るかもしんねぇけど、ずっと人のためになるような開発をしてきてるだろ? それにノリいいし結構良いヤツだよ」
そうフォローすると、レッドはマサキを指差して顔をしかめながらグリーンの方に顔を向けた。
「だってこの人、昔僕が家に入った時ポケモンと合──」
『レッド様ー!! 今日もめっちゃイカすなー!! ますます色男に磨きがかかったんちゃう!? 憎いねー! 普通ならダサくなりがちなTシャツも粋に着こなしとるわー!! さすがやわー!! よ! レジェンド!! よ! 頂点!!』
「ポケモンと? が? なんだよ」
急に騒ぎ始めたマサキを無視してグリーンが続きを促そうとすると、マサキの勢いに呑まれたレッドは目線を逸らした。
「⋯⋯なんでもない」
『世の中には知らん方がええこともあるんやで』
マサキは遠い目をした。
「ちぇっ、オレだけ除け者かよ」
『いや、ちゃうねん。わいはグリーンくんの尊敬の眼差しを失いたないねん』
帰ったら必ず何としてでも聞き出してやろうとグリーンは心に誓った。
***
【アローラ初代チャンピオン】
散々アローラ地方を楽しんだ二人は、予定通りバトルツリーのボスを務めていた。とはいっても割と暇だ。グリーンがバルコニーから双眼鏡で外を眺めていると、アローラ初代チャンピオンらしき人物がこちらに向かってきているのを発見した。
「おいレッド、あれアローラのチャンピオンじゃねぇか? もうすぐここまで来るっぽいから軽くバトル誘ってみようぜ」
呼ばれたレッドはグリーンの元まで来て双眼鏡を借り、グリーンの指す方向を見てみた。だがチャンピオン戦や四天王戦でテレビに映っていた人物とはどう見ても別人だ。髪型も髪の色も違うし服も全然違う。よく見ると目の色も違う気がする。人違いじゃないかと言おうとしたところでグリーンは、
「あっ、あいつ思ったよりペース早い! レッドぼさっとすんな!」
と走り出してしまったので仕方なく後を追った。
グリーンの合図とともにバトルツリーの入り口を出ると、ちょうどいい場所でアローラチャンピオンなる人物と出くわすことが出来た。普通に待ち構えておけば良いのにグリーンにはこだわりがあるらしい。
そしてその少年は本当にチャンピオン本人だった。「さすが俺だろ?」と調子に乗ったグリーンにレッドは何か言いたげに睨んだがグリーンは無視した。
「初めまして、そしておめでとうアローラのチャンピオン! 俺たちもカントーでチャンピオンだったんだぜ!」
グリーンが少年に話しかけながらちらっとレッドを見ると、レッドは少年をじっと見つめている。
まずい⋯⋯!
どうやらレッドは少年が被っているピカチュウの帽子に興味を惹かれているらしい。グリーンは焦った。ピカチュウの谷で賞品になっているのをレッドに気づかれないようにしていたのに、このままじゃ水の泡だ。ピカチュウの帽子をかぶったいい大人とタッグを組むはめになってしまう!
「⋯⋯さて、チャンピオン同士の出会いだ。どう思うレッド」
そう声を掛ければレッドは考え込み始めた。よし、そのままでいろ。グリーンは自分が反応してもらえない可哀そうなやつみたいになってる事に気づき、取り敢えず「無口だな」とフォローしておいた。
「俺はトレーナーだからな、強いやつ見ると戦いたくなっちまう。勝負しようぜ! さあどちらを選ぶ?」
グリーンは戦いたいアピールをしてから少年に選択を委ねた。レッドはまだ考え込んでいる。俺が選ばれても恨むのは無しだぜレッド⋯⋯!
「レッドさんで」
「⋯⋯俺強いやつと戦うの好きでさ。お前とは一度戦ってみたいと思ってたんだ。今無性に戦いたい気分だなーあーバトルしたいなー!! 勝負しようぜ! さあどちらを選ぶ?」
「レッドさんで」
グリーンは何も聞かなかったことにしてもう一度聞いてみたが、少年の選択が変わることはなかった。
「⋯⋯まあいいや」
ちくしょう! まだ一言も声を発してないサービス精神皆無なレッドのどこがいいんだ⋯⋯! 心の中で散々愚痴ってからグリーンはポケモン達を回復してやり離れたところで二人のバトルを見守ることにした。
バトルの結果は意外なことにアローラチャンピオンの勝利に終わった。
──レッドのやつ、観光気分で油断しやがって。
そう思っているとレッドがこちらにやってきて、
「ごめん、お金貸して」
と神妙な顔で頼んできた。
「は? お前確か5、6万持ってただろ? 余裕だろ?」
「賞金で12万くらい払わなきゃいけない」
「はああああ!? お前それ確実にぼられてるって! だからちゃんと賞金の計算はしっかりやっとけって言ったじゃねぇか! 確かにお前のポケモンレベル高いけど、2万も行かないはずだぜ!」
グリーンは急いでチャンピオンに駆け寄った。
「君ね、いくらチャンピオンだからって、さすがにあくどいぞ。ちょっと見逃せねぇな」
「え?」
チャンピオンはきょとんと首を傾げた。
「賞金12万は無いだろ。常識的にさ」
「正確には11万7600円ですが⋯⋯合ってますよ?」
「あのな⋯⋯」
グリーンが文句を言おうとすると、少年のバッグから「説明するロトーーーー!!」と赤い物体が飛び出してきた。さすがはチャンピオン、希少なロトム図鑑所持者なのか。
「マスターはポケモンにお守り小判を持たせていたロト」
「だとしても⋯⋯3万9200円、だろ? あれ2倍だったよな」
「もうひとつマスターはお小遣いポンを使っていたロト!」
「⋯⋯おこずかいぽん?」
「これは賞金が3倍になるパワーロト! だから基本額の6倍で11万7600円になるロトー!」
「ろくばい!? ⋯⋯そ、そうか、悪かったな、疑って⋯⋯」
これがアローラ初代チャンピオン、か⋯⋯。
お金はまた下ろせばいいけど、アローラってATM少ないんだよな。今日の昼飯は豪勢に行こうと思っていたのに! 何だよおこずかいポンって!!
グリーンは咳払いをしてから財布を取り出した。
「⋯⋯俺たちはバトルツリーのボスとして招かれた。次戦うのは君がバトルツリーを勝ち抜いたときだ。その時は──本気の本気で相手させてもらうぜ」
勝っても負けても明るく声をかける予定だったグリーンは、ガチの声音でそう宣言してから賞金を半分建て替える。
二人が観光気分からトレーナーにスイッチが入った瞬間だった。
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