想定外

今から二週間後、レッドが一人暮らしである俺の家に泊まりに来る。


それは俺とレッドの関係に恋人なるものが追加されて初めてのお泊りなわけで。まあそういう流れになるのは明らかなわけで。今までの雰囲気から恐らく俺が抱かれるわけで⋯⋯別にそれは俺もやぶさかでは無いんだけど。


一つ問題──というより、心配事がある。


きっとレッドのことだから自分の欲に任せて獣のごとく盛ってくるに違いない。あの真っ直ぐな目をギラギラと濡らせて強引にひたすら貪り喰ってかかるに違いない! その姿は想像するだけで扇情的だしむしろ大歓迎ではあるのだが、現実は恐らく非情だ。実際は興奮するどころかただ苦痛に耐える時間になるだろう。


だから俺は決意した。レッドが何も考えずことを進めても大丈夫なように、自分自身で開発を済ませておくことを。




***


そして当日。


浴室から出てタオルで身体を拭き、黒に薄緑の細いストライプが入った寝間着に腕を通す。上三つのボタンは外しておく。俺は肌が白いほうなので、黒と胸元の肌の色とのコントラストでより色っぽさを出す作戦だ。何だか自分で言うと阿呆みたいだが、こういう雰囲気作りって大事だと思う。レッドの好みに合ってるかは知らない。


「レッドー上がったぜ。次風呂入ってこいよ」

「⋯⋯⋯⋯」


案の定一瞬だけ俺の胸元に視線を寄越したレッドは、気にしない風を装いつつ小さく頷いて浴室へ向かった。むっつりめ。


初戦を勝ち越した気分になりながらワインをグラスに注いで軽く呷る。風呂上がり、ほろ酔い、寝間着から覗く火照った肌。これで襲わなかったら男じゃない。


先程自分でも洗って慣らしておいたし、準備万端だ。初夜でいきなり後ろがほぐれてるってやる気満々みたいでちょっとあれだが、レッドならまあ、こういうもんか、で終わるだろう。俺以外を抱く予定なんて無いんだからこれが普通って思ったまま生涯を遂げればいい。さあ、これで万が一レッドが慣らさずに入ってきても多分大丈夫だ。いつでもかかってこい!



と、思っていたのに──



「れ、レッド、もうっ、いいってばぁ⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯」


レッドは俺の後ろを慣らさず盛ってくるどころか先程から執拗にひたすら拡張に勤しんでいた。四つん這いになっているのでレッドの表情は解らないが、それでも真剣さがこっちにまで伝わってくる。というか、いつまでこの恥ずかしい格好を強いられなきゃいけないんだ。場合によっちゃあ俺が乗ってリードしてやろうくらいに思ってたのに。こいつはどれだけ自分のものが大きいと思って──お、大きいのか?


しかも俺は自分で気持ちのいい場所も確認済みなために、さっきからレッドの指がぎりぎりを掠めていってもの凄くもどかしい。でも流石にこの状態で自分から腰を動かすのはプライドが許さない。いやこんな格好でレッドに尻を弄られている中でプライドも何もあったものかと思われそうだが、最低限守りたいプライドっていうのもあるんだ。


大量に使われているローションのせいで、ぐちゃぐちゃという音と二人分の息遣いが寝室に響く。聴覚まで犯されていくようで、だんだん思考が麻痺していく。


「レッド⋯⋯もっと、もっと奥っ⋯⋯」

「⋯⋯ここ?」

「あっ」


レッドがこちらの耳元に顔を近づけて囁くのと同時に、指がいい場所を突いて思わず声が上がる。何度もそこを擦られて、レッドの興奮したような吐息が左耳をかすめて、どんどん躰が高ぶっていった。もっと気持ちよくなろうと、勃ち上がった己の性器に手を伸ばして鈴口から漏れる先走りで竿を上下に扱いていると、それに気づいたレッドが俺の手首を掴んだ。


「はっ、なにすんだよっ⋯⋯もうちょっと、だったのにぃ⋯⋯!」

「僕がやる」

「へ?⋯⋯あっ、やっ、ちょっ、待っ」


俺の手をそこから外してレッドの手が触れる。びくりと腰が跳ねてしまい、慌てて止めようとレッドの手を掴んだが、もはや力が入らなかった。

それをいいことにレッドの手は動き始める。一瞬止まっていた後ろの指も動き始めて頭が真っ白になっていく。


「あっあっ、やだっ、れっどぉ⋯⋯もうっ⋯⋯!」

「え、嫌?」


あと少しでイけそうというタイミングで、俺の言葉に反応したレッドが動きを止めた。ああもう! 好き勝手にやってくると思ってたのに! そのために二週間かけて準備してきたのに! ここまで気遣ってくる優しいやつとは思わなかった!


「⋯⋯や、じゃない、やじゃないからぁ⋯⋯! はやく、もっとさっきの、れっど」

「⋯⋯っ」


生理的な涙もそのままに見上げると、ようやく見えたレッドの表情は、紅潮して熱の籠もった瞳がぎらぎらしてて、ぞくりと背中に電流が走る。その瞬間にキスが落とされて、また動きが再開される。


「ふっ、んん、あっ、も、れっど──あぁ!⋯⋯あ」

「⋯⋯かわいい」


達してくったりとしている俺の耳に落ちてきた、息を洩らしながらもまだ余裕のありそうな声にむっとして、息を整えてからレッドに向き合う。そして最初の脱がし合いで脱がしそびれたレッドのボクサーパンツに手をかけようとして──俺はにんまりと笑った。


「これは何かなー? レッドくん?」

「⋯⋯いやだって」


そこは俺の奉仕なんて必要なさそうなくらいに張り詰めていた。脱がして出てきたものの大きさに一瞬怯みかけたが大丈夫だ。散々慣らして慣らされたから痛くないはず。


「俺のイッた姿見ただけでこんな風になっちゃうとか童貞かー?」


さっきまでの羞恥心の誤魔化しも兼ねて、ふふん、と折角のチャンスを逃さんとばかりにニヤニヤ言い放って見上げれば、レッドは恥ずかしげにうつむくどころか目を細めて俺の髪を撫でた。


「初めてはグリーンがいいって思ってたから」

「────っ!! そ、そーかよ! 良かったな叶って!!」

「うん」


想定外の純粋な言葉に顔が熱くなり、何だか前に人付き合いの流れで適当な風俗店で卒業してしまった自分が汚い人間に思えてきた。


「その、俺も最初に抱かれるのはレッドがいいって、思ってたし」

「最初から最後までね」


非童貞であることは隠しつつ言い訳めいた告白をすると、レッドは俺を引き寄せて抱きとめる。


「ずっと待ってたから、だから」


──早く挿れたい。


ベッドの上で仰向けに押し倒されて、耳元でそんなことを囁かれて、全身に快感が走っていくようで。だから俺もレッドの背中にしがみつくように腕をまわして、小さく肯定した。



***


「ひっ、あぁっ、れっどぉ⋯⋯っ、そこっ、んぁ、いっ」

「⋯⋯すき、グリーン、きもちいい?」

「んぅ、ん⋯⋯!」


最初はゆっくり優しかった動きも、今やガツガツと全てを味わおうとするかのように激しく奥をこすっていく。もう解ったからと言いたいくらいに好きって言葉が降ってくる。


──好き

──僕だけみて


優しさや思いやりのめっきが剥がれかけて、そこから漏れ出る独占欲がたまらない。もっと酷くされてもいいくらいだ。レッドになら。


「ね、なに、考えてる⋯⋯っ?」

「あっ⋯⋯おまえのっ、ことしかぁ、考えれな⋯⋯っ」


自分から聞いてきたくせに言い終わる前に口内に舌をねじ込まれる。経験の無さが伺えるような勢いだけのキスすら、ひたすらに熱を煽る要因にしかならない。躰を這う手も、間近に感じる息も全部。


「んっ、れっど⋯⋯」


全部おれのものだ。



***


カーテンから差し込む光で明るくなった部屋と、外からチュンチュンと聞こえるポッポの声で目が覚める。レッドの胸元に頭を押し付けるように眠っていた体勢がまさに恋人めいていて恥ずかしくなり、身動ぎしようとすると腰に鈍痛が走った。思わず上げた声にレッドの目も開かれる。


「おはよう。大丈夫?」

「おはよ。──痛ってぇ」


平気だって言いたかったが無理だった。横になったまま痛む腰をさすっていると、レッドの手がそこに触れる。


「──んっ」

「⋯⋯ごめん、もっと優しくするつもりだったのに」


そう言いながらゆっくりと腰を撫でられた。俺からしたらもう充分優しかったけどな。でも全部が終わって羞恥心が少しずつ戻ってきた今の俺には「気持ちよかった」なんて言いづらい。


「いや、おれ、激しい方が好きかも。それに──レッドになら何されてもいいって思ってるから、いいんだ」

「⋯⋯グリーン」


ん? 俺いま気持ちいいよりも恥ずかしいこと言わなかったか? いや、気のせいだな、うん。まだ眠い。もう一眠りしてぇな⋯⋯。


「じゃあ、次いろいろ試してみていい?」

「⋯⋯⋯⋯ん?」

「初めてだし痛くないようにしなきゃとか、トラウマになったり嫌われたらやだとか考えちゃって我慢してたんだけど。気にする必要なかったのか」

「⋯⋯⋯⋯レッド?」

「何されても平気なんだよね?」

「え? ⋯⋯うん?」



近い未来に俺は、眠い頭で放ったこの時の適当な返答を散々後悔することになるのだった。




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