嵐の夜
その日は今年最大の超大型台風が関東に、ひいては石動の探偵事務所ダムオックスに襲い掛かっていた。窓には全て段ボールが貼られており、さながら要塞のようだ。
「良かったですね大将、上の階の人にいろいろと助けてもらえて」
「ああ、養生テープがどこも売り切れだった時はどうしようかと思ったけど、やっぱ日頃の人付き合いってのは大事だな」
「いや、日頃の備えが大事だったんですって」
暴風に煽られぐらぐらと揺れる不安を誤魔化すように、何となく二人で会話を続ける。台風が来る直前、事務所は臨時休業だと言っていたのにやってきた石動にアントニオは驚いた。どうして来たのか、と石動に尋ねれば、「さすがに助手を一人事務所に放置なんてできないだろ?」ときょとんとして返された。
──そういう人なのだ。この人は。
「世界の終わりですね」
「お前な、確かに今年の台風はやばいけど、大袈裟すぎだろ」
真面目な顔してそんなことを言うアントニオに、石動は呆れたように笑う。
雨と風の音は治まることなく、時々がつん、と窓に何かがぶつかる音がした。
とうとう始まってしまったのか。
人類の存亡をかけた戦いが。
せめて石動が一生を過ごすまでは平穏無事でいて欲しかったが、最初から無理な話だったのかもしれない。
この超大型台風の元凶に思いを馳せながら、段ボールで塞いだ窓に何となく近づく──と、腕を掴まれぐいっと後ろに引っ張られた。
「何するんですか大将」
少しむっとして振り返ると、石動はアントニオ以上に驚いた顔をしていた。
「──お前が、どっか行っちゃいそうだったからだよ」
「大将──」
自分でも意識していなかった行動だったようで、少し照れた表情で──でもどこか不安そうに──こちらを見上げる姿に、呆れたように溜息をついてみせる。
「アタシはどこにも行きませんよ。というか、この暴風雨の中じゃどこにも行けません」
「そういう意味じゃ──まあ、いいや。段ボールで補強してるとはいえ、近くにいたら危ないぞ」
誤魔化すように掴んでいた腕を乱暴に放ると、石動は非常食用に買っていたパンをがつがつと口に放り込んでいった。
何をそんなに動揺してるんだろう。
大将のあんな顔を見たくらいで、アタシは。
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