画面越し

「──そもそもの発端は彼女の何気ない一言からでした。それが巡り巡って今回の悲劇を生み出してしまったのです」


木更津の推理劇が始まった。起動していたスマホの動画モードを咄嗟にオンにする。最初は撮影に難色を示していた木更津も、慣れたのか諦めたのか、今や全く気にする素振りはない。


随分前にスマホを購入してからというもの、木更津が事件を解決する際は必ずと云っていいほど録画を行っている。

「不謹慎だろう」と嗜める木更津に長時間に渡って説得を繰り返し、こうして許可を得ることが出来たのだから一度たりとも怠るわけには行かなかった。執筆のためだとか、記録に残すことの重要性だとか、散々嘯いた記憶がある。


まあ、正直なところ録画せずとも執筆には問題ない。今までだってそうして来たのだから。だからこの録画は、ただ単に私が楽しむための観賞用でしかなかった。カメラワークも何も無いが、作り物の名探偵より木更津による生の推理ドラマの方が私にはよっぽど刺激的だ。


便利な世の中になったものだなぁ。



「今回最大の肝であるこの密室トリックですが、複雑なようで蓋を開けてみれば実に単純な──」


画面越しに木更津の横顔を見つめる。周りを惹きつける語り口と自信ありげな佇まいはさも名探偵然としていてかっこいい。私ではああは出来ない。やはり木更津は憧れの名探偵だ。


だが今日は体調でも悪いのか少し顔色が悪い。もちろん彼は不調を表には一切出していない。長年付き添っている私だから気づけたことだ。メインディッシュである犯人当てまで保つのか? 彼のことだ、途中で倒れるような失態を演じることは無いだろうが──


その後も木更津によるトリックの解説が続く。みな感心したり怖がったりと様々な反応だ。私は解説が進むにつれ顔色がますます悪くなっていく彼をハラハラしながら見守っていた。今回ばかりは助け舟を出すわけにいかない。


しかしそんな私の思いは杞憂だったようだ。


「以上の点を踏まえますと、犯行が可能であった人物は一人だけです」


いよいよ名探偵の一番の魅せ所。最初に比べると酷く青ざめた表情をしているが、その声は震えることなく確固としている。ここまで来ればもう大丈夫だろう。私は安堵した。



「犯人は──君だね」



画面越しに木更津と目が合う。

私はスマホを近くのテーブルに固定して、木更津に微笑んだ。

助手として彼を称賛するために。



「さすがは名探偵、木更津悠也だ」



警察も、関係者も、みんな私を見つめている。

私は木更津の名探偵ぶりを脳裏に焼き付けるように見つめ返す。


名探偵のこんなにかっこいい瞬間を見逃して、どうでもいい犯人ばかりを見るなんて、私には到底理解できなかった。

0コメント

  • 1000 / 1000