黄泉のお祭り
「遅い!!」
日が暮れた夜の街、飛び交う楽しげな声、辺りに漂う食欲の誘うソースの匂い、あちらこちらに咲く人やポケモンの笑顔──そんな中、苛立たしげに片足を踏み鳴らす男が一人。
「レッドのやつ、バックれる気じゃないだろうな──」
今日はヤマブキシティで開催される年に一度の夏祭りだった。ヤマブキは大きな街なだけあって屋台も豊富だ。射的、ヨーヨー釣り、輪投げ、型抜き、スイカ割りだってある。たまには童心に帰るのも悪くないだろうと、グリーンはその全ての屋台で競うためにレッドを誘っていた。
だがそのレッドが来ないまま既に四十分ほどが経過していた。
いや、十分くらい遅れることは分かっていたのだ。何故なら普段着で家を出ようとしたレッドに無理やり浴衣を押し付け母親に着付けるよう頼んだからだ。
久々のお祭り、せっかくだし浴衣でも着て雰囲気を楽しみたい。レッドとの勝負がメインではあるけど、祭りはみんなが浮つくから、可愛い女の子と出会って一緒に周ってみたりすることもあるかもしれない。華やかな浴衣姿の女の子と並ぶのに自分が普段着じゃ何だか盛り上がらない。
という下心は置いておいて、要は浴衣が着たいが連れが普段着だと自分だけ気合いれてるみたいで嫌だったのだ。
グリーンは今、柚葉(ゆずは)色に薄緑のよろけ縞 (しま)模様、そしてうっすら羽の柄が入った浴衣に身を包んでいる。レッドへの怒りで殺気が漏れているため周りから避けられているが、そうでなければ今頃何人かに声を掛けられていたことだろう、と思っている。
そしてレッドには墨と臙脂(えんじ)の縞模様に白の細い唐草が入ったセンスの良い浴衣を用意してやった。それなのにそれを見たレッドは物凄く面倒そうな表情をしやがった。ちなみに母親は大喜びだった。
そんなわけでレッドが強制的に着付けられている間にグリーンは一足先に祭りの会場へ訪れ、かき氷を食べながら待っていたのだ。だけど──
全然来ない!
そんなに時間が掛かるもんでもないのに!
「グリーン」
もう一人で回ってやろうかと歩き初めた瞬間、後ろから声がかかった。ようやくのお出ましだ。
「遅すぎるぜレッド──って浴衣じゃねーじゃん!」
「あれは動きづらい」
レッドはTシャツにGパンと、祭りの要素が一切ない、いかにも普段着といった風貌だった。
つまりは母親との攻防により大幅に遅れてきたというわけだ。そしてレッドが勝利をもぎ取ってしまったのだ。
グリーンが四十分も待ったこの時間は何だったのか。
「お前ほんっと──ほんっと分かってねーな!」
「⋯⋯⋯⋯」
「まあいいや。俺だけ浴衣ってなんか嫌だけど、ま、これくらいのハンデは必要か」
普段と違う分やっぱり感覚は鈍る。だが祭り慣れしてる自分と、しばらく街に居なかったレッドのことを考えるとちょうどいいハンデだろう。
グリーンはそう納得することにした。
「大食い対決もするから食いもんは後回しな。俺かき氷食べちゃったし。二つも。お前が遅すぎるから。てことで先に景品交換系の屋台まわろうぜ!」
ようやくグリーンはレッドと共に灯りと人の波へ飛び込んだ。
***
「お次はヨーヨー釣りだ。もちろん釣った数が多い方が勝ちな!」
小さなプールに二人して並んで勝負をする。屋台のおっちゃんには予めいくつ釣っても一つしか貰わないと約束しているので、思う存分お互い勢いをつけて釣っていく。どんどんグリーンとレッドのバケツにはヨーヨーがたまっていった。
「兄ちゃん負けるなー!」
「ヨーヨーってこんな熱いゲームだったっけ?」
意外と白熱して、いつの間にか周りにはギャラリーが集まっていた。
グリーンもレッドも釣ったヨーヨーの数は同じ。
そしてプールには最後のヨーヨーが浮かんでいる。
先に動いたのはレッド。しかし、焦りすぎたのか、掬いあげようとした瞬間にこよりが切れてしまった。そのチャンスをグリーンは見逃さない。
「俺の──勝ちだ!!」
グリーンが最後のヨーヨーを釣り上げた!
──はずだった。
勢いよく釣り上げられたヨーヨーはバケツどころか遥か遠くへ吹っ飛んでいく。
「──やべっ。取りに行ってくる。割れてなかったら俺の勝ちだからな!」
せっかくぎりぎりのところでレッドに勝てそうだったのだ。グリーンはなんとしてでもこの勝利をものにするため、人をかき分けてヨーヨーの元へ向かった。
「っかしーな。確かこの辺に飛んでったと思うけど──」
なかなかヨーヨーは見つからず、気が付けば人気のない森にいた。夜の森は暗くて危険だ。勿体ないが勝利は諦めるべきだろう。グリーンは祭りの音がする方へと歩いて行った。
「あれ──?」
着いた場所は、屋台が出ていて確かに祭りが開催してる場所なのだが──様子がおかしい。人がどこにもいない。そこには、ざわざわと、黒くて靄々(もやもや)したものが蔓延っていた。ポケモンタワーで見たことがある。恐らく正体はゴースト達だろうが、残念ながら手元にスコープはない。帰り道も判らないので、頭につけていた狐のお面──白いロコンだ。アローラ地方に生息しているらしい──で何となく顔を隠しながら、屋台の方へ行ってみた。
お祭りらしく、提灯(ちょうちん)があちこちに吊ってあり、いい匂いが漂っていた。屋台の食べ物は見たことないものばかりだ。お腹もすいていたので、一つ買ってみることにする。
「えっと、言葉通じんのかな。これ、欲しいんだけど」
虹色のりんご飴らしきものを指さして屋台の主人らしきものに声をかけた。
主人はこちらに手を出した。
「お代か? お金でいい?」
主人は首を横に振る。
「じゃあ木の実は?」
主人は満足そうに受け取り、虹りんご飴をこちらに渡してくれた。
「なんか俺、レアな体験してるよなー」
身の危険もなさそうだし、言葉の通じない相手と意思疎通ができると楽しい。グリーンは楽観的にこの祭りを楽しむことにした。
ゴーストらしき(もや)を抜け出して、近くの木に寄りかかり、先ほど買った飴を祭りの灯りにかざす。てらてらと虹色に光るその飴は、なんだかとても美味そうだ。
「あとでレッドにも買って自慢してやろ」
不思議そうな表情を浮かべるレッドを想像しながら、グリーンは飴を舐めようとした──
その時。
「うわっ!?」
何者かが急に目の前を横切り、飴を奪ってしまった。
咄嗟に犯人の後姿を確認すると、野生のラッタのようだ。
「ま、待て!」
グリーンは慌てて追いかける。ラッタはどんどん森の奥へと走っていく。さすがにラッタの足の速さには追い付けなくて、小さくなっていく背中を必死に捉えながら走っていると、思い切りつんのめってしまった。
ぶしゃ。
胸に、破裂音と同時に濡れた感触がやってくる。地面に腕をついて上半身を起こすと、無残な姿のヨーヨーがあった。
「うわ、最悪」
一応そのヨーヨーは回収し、さすがにもうラッタは見失ってしまったかと顔をあげると、そこは屋台と人がたくさんいる元の街だった。
結局飴は食べれず仕舞いだったが、とりあえずは帰ってこれたようだ。
***
ぷらぷらレッドを探して歩いていると、少し遠くからグリーンを呼ぶ声が聞こえた。
「グリーンさん!! やっと見つけた!」
ぴょこぴょこ跳ねて手を振っているのはコトネだ。
「なんだ、お前も来てたの」
「なんだじゃないですよ! さっきレッドさんと偶然会って、グリーンさんが迷子だなんて言うから、心配したんですよ。グリーンさん探してたはずなのにいつの間にかヒビキくんとシルバーくんとレッドさんで大食い大会始めてるし──」
そう言ってむくれるコトネにごめんなと笑って、グリーンはレッド達の元へ向かう。
フランクフルトの大食い大会はレッドとヒビキの一騎打ちになっているようだ。シルバーが屋台の柱にもたれて口を押さえぐったりしている。
「よぉ。シルバーは降参か?」
「あいつらが化け物なだけだ。あれはもう勝ち負けの域じゃない」
よっぽど二人は化け物じみた食いっぷりを見せていたようだ。シルバーは二人に対して悔しいというよりドン引きしていた。
「せっかく大食い勝負に備えて腹減らしてたのによー。俺抜きでやるなんて、後で文句言ってやる」
結局大食いはレッドが勝ったらしい。ヒビキが倒れ、コトネが慌てて介抱している。
レッドがグリーンに気付いて駆け寄り、首にかけていたピカチュウ柄のタオルを押し付けてきた。そういえばヨーヨーのせいで胸元が濡れたままだった。しかも少し泥がついている。
「サンキュー」
遠慮なくタオルでごしごし拭くと、レッドは少し嫌そうな顔をした。それを無視して先ほどあったことを皆に話す。
「──ってことがあってよ」
「へー虹色の飴かぁ。グリーンさん食べられなくて残念でしたね」
ヒビキは飴に興味を持ったようで、グリーンに同情の目を向けた。対してシルバーは神妙な面持ちで口を開く。
「あちら側の食べ物を食べたら、こちら側に戻れなくなると聞いたことがある。俺は食べなくて正解だったと思うがな」
「私もそれ聞いたことあるよ! 怖いねー」
ドンドン、と太鼓が響き始めた。催し物が始まったようだ。
レッドはちら、と伺うようにグリーンに視線をやる。
「そのラッタって──」
「言うなよ」
レッドの言わんとしていることはグリーンも考えていたことだった。
だがラッタの正体が何であれ──グリーンに出来ることなどもう無いのだ。
「ま、この話はこれで終いにしようぜ。レッド、ヨーヨーは割れちまったからさっきのは引き分けだが、次は負けねぇ!」
グリーンが挑むようにそう宣言すると、レッドは不敵に笑った。
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