君と星夜を駆ける

「レッド知ってるか? サンタさんって本当はいないんだぜ!」

「⋯⋯いる」

「ばっかだなー信じちゃって! いっつも枕元に置かれてるプレゼントは、母ちゃんとかじいさんとか、とにかく家族が置いてんの! 大人が子どもに良い子でいろって言い聞かすためのウソなんだよ! うーそ!」

「⋯⋯いや、いる」

「だからいないって!」

「いるよ。知らないんだ?」

「⋯⋯いないだろ」

「サンタは本当にいる」

「いや、いな⋯⋯え、マジで? マジな話?」

「マジ」

「知らなかった⋯⋯」




***


「いやー懐かしいな。お前絶対的な確信を持った目でサンタはいる!って宣言してたよな。まあ本当にいたけどさ。ポケモンだけど」


グリーンは寒さからの現実逃避のために幼い頃を懐かしんでいた。


今日はクリスマスイブの夜。レッドとグリーンはこの寒空の下、大きな袋を持って空を飛んでいた。身体を刺す風はまるで刃のようだ。乗っているリザードンの尻尾の炎がなければ最早喋ることも出来なかっただろう。レッドはグリーンが無理やり着せたコートを前全開けで震えること無く平然とした顔をしているが。そんなレッドの前にはデリバードがちょこんと座っていた。


どうしてこんな真冬に、しかもクリスマスイブなんて皆が浮かれている日に、そんな苦行を強いられているかを説明するためには数時間前に遡らなければならない。




グリーンは今日のために完璧なプランを組んでいた。正直レッドのエスコートなんて期待するだけ無駄だ。だからレストランの吟味から予約までをこっそり一人でこなしていた。


予想通りノープランなレッドを連れて、美味しいレストランでシャンパンを傾けながら楽しく語り、大人の恋人同士の夜を過ごす。レッドはまあ、シェフが可哀想になるくらいに一瞬で料理を平らげてしまうが──何のために丁寧に料理の説明を受けたのやら──母親のおかげか食べ方は綺麗だし怖気づく性格でもないので、概ねグリーンの理想の食事となった。たまにはこういう贅沢もいい。


レストランを出てからグリーンの家に直行しようとするレッドを引き止めて、今回のメインの場所へと移動する。



ハナダシティの岬に着いて、崖に二人で腰を降ろした。

夜空を見上げればそこには──


「あ、ほら! 見ろよレッド!」

「ああ──」


サンタの大行進だ。

正確にはデリバードの大行進だけど。


いつからかは知らないが、毎年クリスマスはセキエイ監修の元に、デリバードが子どもたちの家を練り歩いてプレゼントを置いていく。もちろん爆発するような代物ではなくて、ちゃんとしたプレゼントだ。


もうプレゼントなんて貰う年でもなく子どもも持たない大人たちが、静かな夜に見上げて楽しむイベントでもあった。


初めてみた光景はとても綺麗で楽しくて、グリーンはカスミのありとあらゆる我儘を聞いて人払いしてもらった甲斐があったと感動していると、いつの間にかグリーンの方をじっと見ているレッドに気がついた。


「なんだよ。俺ばっか見てないでちゃんと空見ろよ。この日のために結構苦労したんだぜ」

「うん。ありがとう」

「だから折角だし見ろって」

「見てる」


そう言ってグリーンの瞳を覗き込むようにするので、赤くなってくる頬を隠すためにマフラーを引上げる。

そんなグリーンの手を外して少しだけマフラーを下げて、レッドがこちらに顔を近づけるので、グリーンも外された手でレッドの頭を引き寄せるようにして、ゆっくり目を瞑りながらそれに応えようとした。


「⋯⋯⋯⋯!」


しかし呼吸を唇に感じた瞬間レッドが何かに気づいてグリーンの身体をパッと外し、立ち上がって両手を広げる。するとドスン! と赤い物体がレッドの胸に飛び込んできた。レッドはそれを受け止め力を後ろに流すように倒れ込む。


「な、なんだ!? どうした!?」

「⋯⋯⋯⋯」


グリーンが慌ててレッドの元へ駆けつけると、レッドの胸には空を行進していたはずのデリバードが目を回していた。


「じ、事故か⋯⋯?」

「解らない⋯⋯」


取り敢えずグリーンが持っていた傷薬を吹きかけてやると、目を覚ましたデリバードが必死に何かを伝えようとジェスチャーしてきた。正直何を言いたいのかさっぱりだ。


「何を伝えようとしてんだ⋯⋯?」

「なんか、空飛ぶための機械が壊れちゃったから、プレゼント運ぶの手伝ってくれないかって⋯⋯」

「お前解るのかよ。すげーな。まあ、見過ごす訳にもいかねーし⋯⋯いっちょやるか? サンタ!」


グリーンがウインクしながらそう聞くと、レッドも乗り気なようで口元を上げて頷いた。子どもに夢を与える仕事なんて、素敵じゃないか。上空から眺めるイルミネーションも悪くない。


デリバードからリストの紙を受け取って、グリーンはデリバードとレッドと共にリザードンに乗り夜空へと舞い上がった。




そして今。

あまりの寒さにグリーンは気が遠くなっていく気持ちだった。


子どもたちに夢と希望を届けに星夜を縫っていく──なんてロマンチックな気分に浸れたのは最初だけで、十軒ほど配り終えた辺りでグリーンの目は死んでいった。家の中にプレゼントを届けるのはデリバードの仕事なので、レッドとグリーンは本当にただデリバードを運ぶだけだ。もはや作業だ。そしてひたすらに寒い。


「り、リザードン、もうちょっと! もうちょっとだけ尻尾の炎強くできないか⋯⋯?」

「既に最大火力だよグリーン」


ガタガタ震えるグリーンにレッドは気を使って「先に帰っとく?」と声を掛けたのだが、それはグリーンのプライドを甚く傷つけてしまい、「このくらい余裕に決まってんだろ?」と逆に絶対に音を上げられない状態を作り上げてしまった。


リザードンでこれ以上暖が取れないと知ったグリーンはうなだれてレッドの背にもたれた。


「ウインディ⋯⋯俺もう疲れたよ。なんだかとても眠いんだ⋯⋯」

「ごめんね暖かい毛皮じゃなくて」


なんだかグリーンが死にそうなセリフを言い出すので、レッドはどうしたものかと考える。そして上半身をくるりとグリーンの方に向けて、予告もなしにキスをしてみた。さっきの続きだ。


「────っ!!?」


案の定グリーンは顔を赤くして固まった。


「おま、急に、なに」

「暖かくなった?」

「⋯⋯なった。暑い」

「良かった」


帽子をかぶり笑って前に向き直ると、グリーンはレッドの腰に手を回して頭突きをするように背中にしがみついた。


バカップルサンタ達は眠る子どもたちの空を駆けていく。



***


ようやくリスト分配り終えたときには二人共くたくたになっていた。デリバードが跳ねて喜んでくれたので、それだけでも苦労が報われた気分だ。

するとデリバードは袋をごぞごそと探って二人にプレゼントを渡してきた。


「え、くれるのか!? やったぜ!──ってこれ、子どもの頃に頼んだポケモンカードじゃねーか。レッドは?」

「絵本だった。昔もらったやつ」

「そっか。まあ、子どもにしかプレゼント渡さないもんな、サンタは」


大人になってから欲しいものは自分で手に入れろということだろう。

デリバードは嬉しそうに手を振って、リーグの方へと帰っていった。




***


レアな体験を終えた二人はグリーン宅へと戻った。本当は酒を飲むつもりだったのだが、あまりに寒かったのでココアを入れてコタツに隣同士で潜りながらまったりとする。


グリーンは下半身をコタツに入れたまま、身体を伸ばして棚にある包み紙を手にとった。


「ほら、俺からのクリスマスプレゼントだ」

「え、ありがとう」


レッドがプレゼントを開けると、ブラシやらクシやらタオルやら、ポケモンのお手入れセットが入っていた。


「俺が使ってるの見て羨ましがってたろ? それかなり良いやつだから、ピカチュウ達も喜ぶと思うぜ」


自信満々に笑うグリーンにもう一度ありがとうと言って、レッドもバッグから小さな箱を取り出した。


「僕からも、これ」

「えっマジで? 正直全く期待してなかった」

「さすがにプレゼントくらい用意する」

「だってレッドだし⋯⋯おっ」


箱の中にはシルバーのネックレスが収まっている。ギャラドスを抽象化してモチーフにしたフィッシュフック型のネックレスだ。小ぶりであまりゴテゴテしすぎずすっきりとしたデザインだった。


「へー! お前にしてはセンスいいじゃん!」

「⋯⋯まあ、カスミに手伝ってもらったんだけど」

「そ、そうか」


二人とも今日という日のためにカスミに助けを求めていたらしい。少し恥ずかしい。


さっそくグリーンは今着けているものを外して、もらったネックレスを身につける。指でモチーフを弄びながら、「ネックレスのプレゼントって、相手を独り占めしたいって意味らしいぜ」と揶揄えば、レッドは「うん」とグリーンを抱きしめた。


「僕だけのものでいて欲しい」

「とっくにお前だけのもんだろ?」

「僕もグリーンだけのものだ」

「知ってる」



ココアが冷めるのも気にせずに、コタツの暖かさに包まれながら、レッドはグリーンを抱きしめたままカーペットに押し倒した。




外からは小さくシャンシャンと、仕事を終えたデリバード達が帰っていく音がする。



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