忘年会はハメを外しがち

活気のある声が飛び交うにぎやかな大衆居酒屋。その中の四人テーブルに、レッド、グリーン、ヒビキ、シルバーが無言で席に着いた。レッドとグリーン、ヒビキとシルバーが隣同士で、通路側はグリーンとヒビキが座っている。


通路側がこの二人であることにはちゃんと意味があり、グリーンは積極的に店員に注文をするため、ヒビキはいかにも帰りたそうな顔をしているシルバーを逃さないためだ。


全員がテーブルにつき、一分ほど経ったところで、ようやくグリーンが口火を切った。


「今年もあと、残り僅かだな」


皆が神妙な顔をして静かに耳を傾ける。


「色んな地方に行って、初めて見る街やポケモンに浮かれたりもしたけど、やっぱ地元のカントーが一番落ち着くって、そう思うよ」


あっちこっち遊びに行ってはしゃいでたのも、地元がカントーなのもあんたとレッドさんだけでしょうが──というツッコミをヒビキはぐっと堪えた。

シルバーの出身地は知らないので、もしかしたら自分以外は全員カントーかもしれない。そもそも今水を差す訳にはいかないのだ。


「ヒビキもシルバーも、すっかり大人になっちまったけど、俺からすればまだまだ可愛い後輩だ。という訳で──」


グリーンは顔を上げてニっと笑い、アルコールのメニュー表をテーブルに叩きつける。


「今日は俺の奢りだ!! じゃんじゃん飲みやがれー!」

「いぇぇぇぇぇい!!!」

「待て待て待て!!」


グリーンの言葉に喜ぶヒビキに被せるようにシルバーが慌てて声を上げた。そんなシルバーにヒビキは笑って肩を叩く。


「シルバー! せっかく一介のジムリーダーがチャンピオンであるこの僕に奢ってくれるって言ってるんだ! 好意は素直に受け取るべきだって!」

「オーケーヒビキ表出ろ」


にっこり笑顔でピリついた空気に一瞬戸惑った後、シルバーはバンっとテーブルを叩いて立ち上がった。


「そうじゃない! 何だかさも長い付き合いみたいな空気を醸し出してるけど──」


そうしてレッドとグリーンにビシッと指をさす。


「そもそもお前ら誰なんだよ!!」



「えっ」

「えっ」

「⋯⋯⋯⋯」


グリーンとヒビキはぽかんとして、レッドは相変わらずの無表情でアルコールメニューを眺めていた。

最初に我に返ったのはヒビキではなくグリーンだ。


「あ、ああ⋯⋯なんかヒビキからしょっちゅう話聞いてたから、すっかり知り合いのような気になってたぜ。どうりでさっきからレッドが一言も喋らねぇわけだ」


確かにレッドは店に来てからまだ一度も口を開いていない。ただそれは、人見知りというより何か後ろめたい事があるかのようにも見えた。


「えっ、シルバーこの二人知らないの!? 今やトレーナーなら誰でも知ってるレベルなのに!?」


驚いたヒビキに対して、シルバーは少しバツが悪そうに顔を逸らす。


「わ、悪いかよ。カントーにいたのは一瞬だけで後はずっとジョウトにいたから、カントーのトレーナーはよく知らないんだ。とにかく! そんなわけだから俺は帰らせてもら──」

「そっか気が付かなくってごめん! 僕がちゃんと紹介するよ!」


無理やりヒビキの前を通って帰ろうとしたシルバーをヒビキは有無を言わせぬ笑顔で座らせた。


「えっと、グリーンさんは僕から聞いて知ってると思いますけど、レッドさんは初めてですよね。こいつはシルバー! 僕の親友です。同じ日に旅に出てたまたま知り合ったんです。赤毛は地毛だそうです」


盗みを働いたこととか、そういった過去の罪は話さないことにした。今更掘り返すものでもない。シルバーはヒビキの紹介にぴくりと反応する。


「し、親友──?」

「えっ、違う? 嫌だった?」

「い、いや別に。好きに呼べよ」


照れたのかそっぽを向いたシルバーを横目に、ヒビキは次にグリーンを紹介しようと「それでこっちが──」と手を向けると、グリーンはテーブルに片腕を置き軽く身を乗り出した。そして髪をかきあげるような格好つけた動作をする。


「俺はグリーン! かつてチャンピオンになった男さ! 今はトキワジムでリーダーやってる。よろしくな!」

「ああ、あのレベルが高いジムって噂されていたとこのリーダーか」


勝手に自己紹介してくれたグリーンは、レッドからメニューを取り上げ、「こいつは幼馴染のレッドだ。ほら、黙ってないで自己紹介しろよ」と促した。


レッドはちらりとグリーンを見た後、

「僕はレッド。かつてチャンピオンになった男だ。今はリビングレジェンドやってる。よろしく」

とグリーンと全く同じポーズで上位互換のような意味の解らない自己紹介をし、グリーンに思い切り頭を叩かれていた。


シルバーは「あ、ああ。よろしく⋯⋯」と気まずそうに返したあと、謎の空間に無理やり連れてきたヒビキに恨みがましい目を向ける。



「とりあえず俺は生でいいかなー。レッドはどうする?」


グリーンがメニューを眺めながら尋ねると、先程のやり取りの間に決めていたらしいレッドは腕を組んで「スコッチのストレート」と、メニュー表を見ずに返した。グリーンは目を丸くしてレッドを見る。


「それっこの店で一番度数高いやつじゃねぇか!! ──よし。その勝負、受けて立つぜ! にーちゃんスコッチのストレート2つな!」


グリーンが声を掛けると、店員が「はいよー! 飛ばすねー!」と笑う。アットホームな空間が売りらしい。それに笑顔を返してからグリーンは、「ウイスキーに合う飯ってなんだ⋯⋯? チーズとかスモーク系か⋯⋯?」とぶつぶつ呟き始めた。


「なんかよく分からないけど嫌な予感がするなぁ」

「奇遇だな俺もだ」


面倒なことにならないよう祈るばかりだ。


「ヒビキ達はどうすんだ?」


グリーンが問うので、ヒビキはメニューとにらめっこしながら唸った。


「うーん、実を言うと僕、まだあんまりお酒飲んだこと無くて。正直種類多すぎてわけ分かんないです」

「酒強いか分かんねぇならクラボ酒のソーダ割りとかどうだ? 飲みやすいし結構好きな味だと思うぜ」


じゃそれで、とグリーンの提案を受け入れた後、シルバーにメニューを見せながら「なに飲む?」と聞いた。シルバーは少しだけメニューに目線をやってから、


「赤ワイン」


なんて答えるものだから、ヒビキは驚いた。みんな強い酒ばっかり飲みたがるじゃないか。


「え、シルバーって酒強いの?」

「今日初めて飲む」

「⋯⋯ワインって結構度数高いと思うけど大丈夫?」


心配するヒビキに対してシルバーはぽつりと、親父が好きだったんだ──と呟いた。


「別に飲んだからって何が解る訳でもないが、最初に飲むのはこれだと決めていた」

「⋯⋯そっか」

「へっ、泣かせるじゃねぇか⋯⋯。にーちゃんクラボ酒のソーダ割と、この店で一番高いワインの赤だ!」


そうして楽しい忘年会が幕を開けた。


はずだった。




「れっどぉオレはまらまらいけるろぉ」


二時間半後。ヒビキの嫌な予感は的中し、グリーンが顔を真っ赤にして完全に泥酔状態に陥り呂律を崩壊させながらケラケラ笑っていた。


「ぐ、グリーンさん⋯⋯そろそろやめたほうが⋯⋯」


ヒビキが声を掛けるとグリーンはキッと睨んでくる。


「ああ!? れっろらへーきれオレららめならけないあろーら!」

「何言ってるか分かんねぇ⋯⋯! どうしようシルバー」

「ひっく⋯⋯おれは⋯⋯! つよくなるんだ⋯⋯っ」


隣の親友に助けを求めたものの、シルバーはシルバーで同じく顔を赤くさせ目が座った状態になっていた。


「し、シルバー? 聞いてる?」

「つよく⋯⋯なんなきゃいけないんだ!」

「だめだ完全に酔っ払ってる」

「おれは⋯⋯! ひとりで! つよく⋯⋯!」

「君はもう一人じゃないだろ⋯⋯こうなったら頼れるのはレッドさんだけだ! あんなに呑んでるのに顔色ひとつ変えてない!」


レッドは最初の頃と変わらない表情でごくごくと酒を呷っている。


「⋯⋯⋯⋯」

「レッドさん! この状況なんとかしてください! 特にあんたの隣の幼馴染!」

「⋯⋯⋯⋯」


レッドはジョッキに残った酒を飲み干すと、分かった、と頷き何故かテーブルの近くにカメックスを繰り出した。


「カメックス、ふぶ──」


「すとおおおおっぷ!!! あんた顔に出ないだけで実は相当酔ってるな!?」

「暑かった」

「居酒屋を極寒にする気ですか!?」


何とかカメックスをボールに戻させると、でろでろになって半分うつ伏せ状態だったグリーンがじいっとレッドを見上げて口を開けた。


「れっどおめー店ん中れふぶきっれ⋯⋯⋯⋯まじうける!! ひゃっははははは!! よーしオレと勝負ら!! らっしー!!⋯⋯あれ?」

「それはインドの飲み物ですグリーンさん」

「おれは⋯⋯! あんなふうにはならない⋯⋯! ひっく」

「もうだめだー!!」


周りが酔っ払っている中で一人だけシラフでいることほど辛いものはない。



「てかあんたらよく今まで出禁になりませんでしたね?」


グリーンは一応まだ相手の言葉の意味を理解する程度には意識があるらしく、不満そうなヒビキに満面の笑みを返した。


「じるはそろれ呑むの初めれらんら。いっるもらくろみらからなー。らくろみ! あっははははっ! うっ⋯⋯げほっ」

「大丈夫?」

「レッドさんそれ水じゃなくて酒です」


レッドが酒の入ったグラスをグリーンの口元に持っていって呑ませる。素直にコクコクと呑んだグリーンは息をはいて「れっどぉ⋯⋯もっとくれよお」とレッドの袖を引っ張る。二人の絡み合う視線に妙なものを感じ取ってしまったヒビキは変に慌てた。


「そっ、そろそろお開きにしましょう!? 僕疲れました」

「そうだね──あれ? ボールに戻らない」


レッドはモンスターボールをグリーンの頭にぐいぐい押し付けている。


「それポケモンじゃなくてグリーンさん! カメックスはさっき戻したでしょーが! ああもう、まともなの僕だけじゃないか⋯⋯シルバー寝ちゃったし」


シルバーは完全に突っ伏してすーすー眠っていた。


「シルバーは僕がなんとかしますから、レッドさんはグリーンさんお願いしますね」

「分かった」

「⋯⋯バッグに入れようとしてる。僕はもうつっこまないぞ」


意識はあるが前後不覚にぐらつくグリーンをレッドに任せたものの、まともな顔をして奇行に走るレッドを見ていると判断を間違えたような気がしてきた。だがヒビキはシルバーの介抱で手一杯だ。どうすることもできない。


レッドは首を傾げて「昔は入ったのに」とか可笑しなことを呟いてから諦めて背中におぶった。グリーンはそれに対して爆笑しながらおぶられた。笑いのツボが完全崩壊している。


ヒビキは取り敢えずシルバーを起こして、意識が朦朧としてフラフラしているのを支えながら肩を貸しつつ歩いた。



店の入口付近まで来るとレッドは振り返り、「じゃあね」と言ってガラスの扉を開ける。グリーンは楽しそうにレッドの背中で「じゃーなー!!」とぶんぶん手を振っている。そしてグリーンの家とは反対方向に歩いていった。


「レッドさんそっちシロガネ山方面!!! ⋯⋯行っちゃった。グリーンさん死なないといいけど」


取り敢えず自分達も帰ろう。そう思ったもののヒビキはシルバーがどこに住んでいるのか未だに知らないことに気がついた。まあ、一旦今日は自分の家に連れてけばいいかと気を取り直すと、後ろから店員に声を掛けられる。


「お客さま」

「あっすみませんお騒がせしちゃって」

「いえ、それはいいのですがお会計を⋯⋯」

「え?」


店員はスッとヒビキに伝票を渡した。


「5万7千円になります」

「え?」

「5万7千円になります」


「⋯⋯お、奢ってくれるって言ったのに!!! 僕ほとんど飲んでないのに!!!」

「ヒビキ⋯⋯うるさい⋯⋯」


ヒビキの悲痛な叫びは店内中に響き渡ったという。




******


【解説】

「れっどぉオレはまらまらいけるろぉ」

→レッド! オレはまだまだいけるぞ


「ああ!? れっろらへーきれおれららめならけないあろーら!」

→ああ!? レッドが平気でオレが駄目なわけないだろーが!


「れっどおめー店ん中れふぶきっれ⋯⋯⋯⋯まじうける!! ひゃっははははは!! よーしオレと勝負ら!! らっしー!!⋯⋯あれ?」

→レッドおまえ店の中でふぶきって⋯⋯⋯⋯まじウケる!! ひゃっははははは!! よーしオレと勝負だ!! ナッシー!!⋯⋯あれ?


「それはインドの飲み物ですグリーンさん」

→例えリメイク版で絶滅していたとしてもインド象の存在を忘れないでいたい。


「じるはそろれ呑むの初めれらんら。いっるもらくろみらからなー。らくろみ! あっははははっ! うっ⋯⋯げほっ」

→実は外で呑むの初めてなんだ。いっつも宅飲みだからなー。宅飲み! あっははははっ! うっ⋯⋯げほっ


「昔は入ったのに」

→元ネタ:初代バグ技のライバルをアイテムとして購入できるあれ。


******


「さっむ!! さむ!!?」


つい先程まで、トキワからどんどん離れていくレッドの胸をばんばん叩きながら「そっちりゃねーよあはははは!!」とレッドの背中で笑っていたグリーンはあまりの寒さに一気に酔いが飛んでいた。


「おいレッド降ろせ」

「いやだ」


レッドは降ろすどころかさらにガッチリとグリーンを持ち直す。思いっきり暴れてやろうかと思ったが落とされて痛い思いをするのは自分なので諦めた。


「なんでシロガネ山登ってんだよ家に帰ろうぜ、なあ」

「僕達の家はこっち」

「お前──さてはかなり酔ってるな?」

「酔ってるのはグリーンだろ」

「俺は寒すぎて完全に酔い覚めたわ!」


冬だからもちろん防寒はしているが、シロガネ山の寒さはカントーとは訳が違う。洞窟の中はまだマシだが一歩外に出ればガタガタと身体が震えてくる。


「いやマジで寒い。引き返そうぜ」

「仕方ないな」


やっと思いが届いたかと喜んだのもつかの間、レッドは歩みを止めることなくリザードンをボールから繰り出しとんでもない言葉を口にした。

「リザードン、ブラスト──」

「やめろおおお!!!」


グリーンは慌ててレッドの口を塞いで止める。危うく雪山が焼け山になるところだった。


「頼むから! お前は! 自分が酔ってるっつー自覚を持ってくれ!!」

「僕は酔ってない」


首を振ってグリーンの手を外したレッドは憤然としてそんなことを宣う。

察したリザードンはグリーンの傍に寄って尻尾の炎を近づけてくれた。なんて出来たポケモンなんだ。


レッドの体温を奪ってやろうとしがみついていると、暫くして焚火の跡が残っている洞窟に辿り着き、地面へ降ろされた。


リザードンは焚火に火をつけてさっとボールに自ら戻る。完全に慣れた様子だ。

そしてレッドはグリーンを暖かい焚火の隣で押し倒した。


「やっと二人で忘年会できる」

「うん、忘年会って酒飲んでワイワイすることだろ? なんで俺は今押し倒されてるんだ?」


ツッコミも無視してレッドはグリーンのコートのボタンを外していく。


「ぬ、脱がすな! マジで寒いんだってば!! 別に俺もしたくない訳じゃねーけどさ! 家帰ってからにしようぜ!! おい!! 見ろこのトリハダと震え! ──んんっ」


抗議するグリーンの口を塞ぐようにキスを落としたレッドは自分の上着も脱ぎ始めた。そして酒のせいなのかなんなのか、いつもよりギラついた瞳でグリーンを捉える。


「二人で温め合えばいい」

「そっ──」


それは遭難した時の対処法だろ──グリーンのツッコミは無視され、長い長い夜が始まった。




次の日、忘年会の途中から記憶が無いレッドは、何故か一言も口を聞いてくれないグリーンを一日中宥める羽目になったという。



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