エイプリルフール【トキワジム編】
今日はエイプリルフール。午前中は嘘を吐きまくっても許される楽しい一日だ。すぐに見破ってもよし、あえて騙されてみるもよし、とっておきの嘘を披露するもよし。俺がリーダーを務めるトキワジムは面白いことが大好きなやつが多いので、今日は一年で最も騒がしくなる日だ。
【トキワジム編】
ジムに入ると、何故か空気がピリついていた。
笑顔でしょうもない嘘を吐いてくる部下達を想像していた俺は少し動揺した。
入り口近くにいたヤスタカが俺に気づき、苦笑いしながら「おはようございます」と挨拶をする。その声に他のみんなもこちらに気づき挨拶したあと、奥から不貞腐れて殺気だった二人──テンとサヨが俺の前までやってきた。
「リーダー。私達、コンビ解消することにしました」
「そういう訳で俺、これからシングルバトルしかしないんで」
あんなに仲睦まじかった二人が今や互いを睨みつけあっている。エイプリルフールの嘘だよな? でも毎年、こいつらの嘘はめちゃくちゃ分かりやすかったので、嘘だと判断していいものか迷ってしまう。
「ていうか、こいつの顔見てると不愉快でパフォーマンス落ちるんでクビにしてくれませんか?」
親指でテンを指し嫌そうに訴えるサヨ。
「はぁ? 私情でパフォーマンス落ちるとか、プロとして失格じゃないか?」
挑発し返すテン。
や、やめてくれよ。リーダー歴は長いがこういう人間関係のトラブルはどうしたらいいか分からない。
「ど、どうしちゃったんだよ、お前ら」
そう問うと待ってましたとばかりに二人が喋り始める。
「こいつ! エイプリルフールだからってしょーもない事ばっかり言って、いい加減愛想が尽きたんです!」
「嘘も楽しめないなんてこのジム向いてねぇよ、ねぇリーダー! クビにするならこいつにしてください!」
ええ────
思ったより理由が軽くてどう宥めたらいいのかさっぱりだ。
ちら、と他のみんなを見ると、アキエは呆れたように二人を眺め、ヨシノリはニヤニヤしながらこちらを眺めている。ヤスタカは相変わらず苦笑いだ。
「「リーダーはどっちに残って欲しいですか!?」」
声を揃えてそんなことを聞く二人を見て、俺は確信した。
「お前ら──二人共クビだ」
真剣な顔をしてそう言い放つと、二人はさぁっと青くなった。
「仲間をいらないなんて、見損なったぜ。俺の知ってる二人は、崇高な志を持ったカントー最強タッグトレーナーのはずだがな」
「り、リーダーぁぁぁぁ!!」
「すみませんエイプリルフールだからってちょっと調子乗っただけなんですー!!」
二人が泣いて縋り付いてきたので、暫く黙ってから俺はそれを思い切り笑いとばしてやった。
テンもサヨもきょとんとしている。
「はは! 嘘だって。お前らをクビになんてする訳ないだろ? うちの大事なトレーナーなんだからよ!」
腕を組んで笑顔でウインクしてやると、リーダー!! と二人にぐちゃぐちゃに抱きつかれた。少し鬱陶しい。
「いや、でも正直ちょぉっとだけ信じかけたぜ。そういう心臓にくる嘘はやめろよ」
「だって、リーダー去年、もう俺リーダーやめる! とかきっつい嘘吐いたじゃないですか。だからちょっと意趣返ししようと思って───」
「あー、あの時は悪かったな」
そう、適当な嘘じゃもう騙せないので、去年はわざわざ目薬まで用意して泣きながらそんなことを訴えたら全員ぎょっとして信じこんでしまい大変な大騒ぎになったのだ。
なんとかジムの外まで影響が出るのは防げたが、かなり後始末が大変だった。
「で、他に嘘吐くやつはいないわけ?」
「え~、嘘って分かりきってる中でやらせるんですか?」
「お、ヤスタカなんか用意してんの? 見せろよ」
「仕方ないなぁ」
そう言ってヤスタカは何か紙らしきものをポケットから取り出し後ろへ隠した。なんだろうと見守っていると、中々次の行動に移らないヤスタカにヨシノリが「ヤス子~言っちゃいなよ~」と気持ち悪い声を出した。
ヤス子って誰だよ。
え~でもぉ~と同じく気持ちの悪い声を出したヤスタカは意を決したフリをして俺の前までやってきて、直角に腰を折り曲げ手を前に突き出し、
「グリーン先輩! ずっと前から好きでした! これ読んでください!」
そんな典型的な告白をしてきた。手には花柄の愛らしい手紙がある。
アキエが「きゃー! ヤス子やるじゃーん」と野次を飛ばした。嘘を吐くテンサヨを呆れた目で見ていたお前はどこに行った?
ニヤニヤしながら見守られて俺は思わず───
「え、やだ」
「なんで!?」
本音が出てしまった。
「リーダー、女の子の精一杯の勇気を無碍にするなんて駄目ですよ!」
「こいつ女じゃねぇだろ」
アキエに注意されたのでヤスタカを指差して言い返していると、ヤスタカが「折角ヨシノリに手伝ってもらってラブレターの中身まで書いたのに⋯⋯」と呟いた。そこまでやったのか。
「リーダー、渾身の出来なので読んでください」
ヨシノリに真顔でそんなことを言われたので俺は渋々受け取った。
グリーン先輩へ
~序章~
「いや序章ってなんだよ!!」
「まずは前提を書こうと思いまして」
グリーン先輩へ
~序章~
碧(みどり)の風に攫われた
貴方の髪は花吹雪⋯⋯
「ヅラが飛んでったみたいに書くんじゃねぇ!」
「流石にそんなつもりは無かったです! どんな解釈ですか!?」
碧(みどり)の風に攫われた
貴方の髪は花吹雪⋯⋯
翠(みどり)の風に囚われた
私の心は震える小鳥⋯⋯
「二つのみどりはリーダーの名前と掛けています」
「知らねぇよ。解説するんじゃねぇよ」
翡翠(ひすい)の瞳が映すのは
白銀を染めし夕映えの赤⋯⋯
太陽が創るその影に
潜む小鳥は映らない⋯⋯
「切ない失恋の詩なんですよ」
「ラブレターじゃなかったのかよ。ていうかこの白銀って⋯⋯赤って⋯⋯レッドのことだったらぶっとばすぞ」
「ま、まさかそんな⋯⋯丁度いい相手がいなかったからって別にそんな⋯⋯」
~第一楽章~
「第一楽章にするなら序章じゃなくて序奏にしろよ! 混在してんだよ! つーかまだ続くのかよ!」
「さっすがリーダー! 頭良さそうなツッコミ!」
~第一楽章~
先輩のことなら何でも知ってます。世界中の誰よりも、私は先輩のことを知っています。こんなに愛してるのに、私を見てくれないなんて、私以外を見るなんて、許さないゆるさないユルサナイユルサレナイ⋯⋯
「──いや怖いわ!! 急に趣向変えんな! さっきまでのポエムはどこ行ったんだよ。微妙に繋がってるのが腹立つわ」
「飽きてきたので⋯⋯」
「飽きるの早すぎるだろ!! これのどこが渾身の出来なんだよ!」
びたーん! とそのラブレターと呼ばれる何かを床に叩きつけた。
「リーダー! 第五楽章まで読んでくださいよー!」
そんな言葉も無視して、俺は今年の騙し相手を求めにさっさとジムを去った。
ツッコミの振りしてグリーンがジムをサボったことに全員が気づいたときには、もう姿を見失ってしまっていた。
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