エイプリルフール【レッド編】
レッドは絶対日付感覚とか無いだろうから、今日がエイプリルフールって知らないんじゃないか? そう考えた俺はレッドに会いにシロガネ山を登った。
相変わらず頂上でぼけーっとしているレッドを見つけ、大声で名前を呼ぶ。
「レッドー! 来てやったぜ!」
レッドは少し驚いたようにパッとこちらへ振り返った。そこで俺は何も嘘を用意していなかったことに気がついた。まあ、考えるのも面倒臭いし、ヤスタカと同じでいいか。「今日は大事な話があって来たんだ」と言いながら、俺は神妙な面持ちでレッドに近づく。
「レッド──好きだ!」
さすがに定番すぎてすぐバレるか? と思いつつ様子を伺うと、レッドは暫く考えるように黙り込んでから、ようやく言葉を発した。
「鍛え抜かれた僕達に隙なんてない」
「ちっげぇよバカ!!」
ものすごい天然を発揮されて思わずキレてしまった。いやまあ、急に男にこんなこと言われて愛情の意味だとは思わないかもしれないが。
「そーじゃなくて! 俺は! お前が! 好きだって言ってんの!!」
「それって──僕と恋人になりたいってこと?」
どんだけ察しが悪いんだと呆れながら、そう! と返す。戸惑ったり慌てたりしたら速攻でからかってやろうと構えていると、レッドは顎に手をやりながら、なおも質問を繰り返してきた。
「僕とデートしたいってこと?」
「そう」
「僕と手繋いだりキスしたりしたいってこと?」
「そ、そう」
「僕と性的な関係になりたいってこと?」
「そ──なっ何言って⋯⋯!」
直球な質問に顔が熱くなる。
まさかこいつ嘘って解った上で聞いてきてるのか?
動揺する俺を見つめて、レッドは何故か幸せそうに笑ったかと思うと、唐突に俺の手を握った。
「嬉しい。僕も好き」
予想外の反応に頭が真っ白になった俺は、
「⋯⋯りょーおもいだな?」
と、変に気の抜けた声が出た。
ははん。さてはこいつ、今日がエイプリルフールって知ってやがったな? それでやり返してんだな? 上等だ。
たかがエイプリルフール、されどエイプリルフール。俺も全力で取り組んでやるぜ!
そう決意を固めていると、急に目の前がまっくらになった。
「──っ!?」
キスされていたことに気がついたのはレッドの顔が離れた数秒後。え、こいつ全力過ぎない?
だが動揺してはならない。こういうのは照れた方の負けだ。ちょっとでも戸惑えば途端にからかいの対象となる。とりあえず俺は完璧な笑顔を作った。レッドも笑顔を返してきた。やるなこいつ。
もはやこれは戦い。どちらかが耐えられなくなった時点で勝負は決まる。こうなったら午前が終わるまで恋人フルコースを完璧にこなしてやる! 覚悟しろよレッド!
「じゃあデートしようぜ!」
「いいよ、どこ行きたい?」
場所か⋯⋯。デートの定番と言えば映画だが、それだとあっという間に午前が潰れてしまう。相手を崩すチャンスが一気に減ってしまうというわけだ。そもそも映画というチョイスは──お互いが映画好きというなら別だが──あまり相手を知らなくて会話が続かないのを防ぐのに良いコース。レッドと俺には当てはまらない。となれば。
「海見に行きてーな」
「海か⋯⋯じゃあハナダの岬に行こうか」
こいつ、意外と分かってるじゃねぇか。
そう、海のデートスポットと言えばハナダの岬。サイクリングや散歩をしたい時はまた別だが、ゆっくり過ごすならそこが一番だ。カスミも本命を落としたい時によく使う場所だったりする。まあ、マサキの家の近くっていうのが気にはなるが、あいつならちゃんと話せば分かってくれるだろう。
「じゃ、空飛んでいくか」
俺がピジョットを出そうとするとレッドは待って、と止めた。
「せっかくだから二人乗りしない?」
僕のリザードンなら二人いけるよ、とリザードンをボールから出す。リザードンは自信ありげに胸を張っている。
俺のピジョットだって二人くらい余裕だわ! と張り合いたくなったが、甘い雰囲気を壊すわけにはいかないのでぐっと堪えた。
今のところレッドが優勢のようで気に入らない。そもそも先制攻撃でキスなんてしてきたレッドの表情は何をすれば崩れるんだろうか。まあ、時間はまだある。喋りながら作戦を練るとするか。
「じゃあ、後ろに乗って」
後ろ。何だかそれだと、自転車のイメージで言えば彼女のポジションじゃないか? ちょっとでもレッドより優勢になるには前に乗るべきな気がする。いや、彼氏ポジションになったからどうって訳でも無いけど、そっちの方が精神的に余裕が持てる気がする。
「俺前がいい」
そう文句を言えばレッドは「えっ」と顔を赤くした。どうしてそこで照れるのか意味が解らない。意味が解らないと揶揄いようも無い。
「いや、指示だす僕が前じゃないと⋯⋯」
「リザードン優秀なんだから平気だろ。俺は前に乗りたい!」
そこまで言うなら、とレッドが折れたので勝った気分で意気揚々とリザードンにまたがった。その後ろをレッドが、まるで俺を抱きしめるみたいに乗った。しかもお互い身長差があまり無いために、前が見えるようにとレッドの顔が俺の顔のすぐ隣に来て、吐息が耳に──ま、まずい。
「ちょ、ちょっと待てレッドやっぱ俺うしろに──」
「リザードン!」
ぶわっと二人を乗せたリザードンが空へ舞い上がる。レッドは俺の手前に手をついて落ちないよう前傾姿勢を取ろうと背中にぴったり──待て待て待て! この体勢思ってたのと違う!!どうしてこんなに密着するんだ! 腰に抱きつけよ!
いや確かに前を見るためにはこういう体勢になるな。リザードンの主であるレッドが前見えてないと駄目だもんな! だからレッドは戸惑っていたのか。失敗した! 失敗した!!
「グリーン、さっき何か言い掛け──」
「ひゃ!? きゅ、急に耳元で喋られたらびっくりするだろバカ! バカ!! バカレッド!!!」
「えっ、ご、ごめん」
「あっ、だから! 喋るなってば⋯⋯!」
レッドが何かを喋るたびに背中に電流が走る。こんなところで自分の弱点を知ることになるなんて。喋らなくてもくすぐったいのに何も理解してないレッドは戸惑うように話しかけてくるから、もはや恋人らしく振る舞う余裕なんて無かった。甘さなんて微塵もないほどぎゃーぎゃー騒ぎながら空中散歩は終わっていく。
次だ次!
***
春の陽気、青い空に青い海。うん、最高だ!
岬から眺める海の気持ちよさにぐっと身体を伸ばす。
「気持ちいいな! レッド!」
「──うん」
潮風で帽子が飛ばされないよう抑えながらレッドは俺を見てはにかむように返事をする。本当に恋人を見るかのような目だ。こいつこんなに演技上手かったっけ?
「あのさ、グリーン⋯⋯」
「ん?」
「今は春だし泳げないけど⋯⋯また近い内に来よう。今度は夕陽を見に」
「えっ、ああ、うん⋯⋯」
真っ直ぐなレッドの視線から思わず目を逸らしてしまった。
何だこれ⋯⋯。
何だこれ! なんか恥ずかしいぞ!? なんだ!?
二人で夕陽を見に海へ⋯⋯ってまるで恋人みたいじゃないか。いや、今はお互い恋人を装っている状態だけど。こいつシロガネ山に籠もってるくせに一体どこでそういう知識を得たんだ? 意外とロマンチストなのか?
一層強い風が吹いて、手摺に腕を置きながらさすがに春の海はまだ少し寒いなと身を震わせると、レッドが何か逡巡したあとに肩を抱いてきた。そして自分の方にぎゅっと引き寄せる。
「⋯⋯⋯⋯!!!?」
「あ、えっと、上着とかあったらいいんだけど、僕のこれ着ても大して暖かくならないだろうし、こうする方が良いかなって」
はたから見たら完全に甘々カップルじゃねーか!!
だ、駄目だ、耐えられなくなってきた。どうしてこいつは平然とした顔で──多少照れてはいるが──こんなこと出来るんだよ! 俺相手に!
いや俺も? 女の子相手ならスマートにやってみせる自信はあるけど!? でもこんな、レッドが、レッドにこんな、待てなんで俺は緊張してるんだレッド相手に!
これはゲームなんだ。どんな馬鹿げた勝負であれレッドに負ける訳にはいかない。だからこの謎のドキドキはレッドに負けるかもしれないという焦りから来るものだ。うん。
俺も胸に頭を預けるとかやってのければレッドも動揺──いやこれじゃあ俺が彼女みたいじゃねーか! くそ、さっきからレッド如きに彼氏力で負けている⋯⋯! しっかりしろ俺! 彼氏力ってなんだ!?
何故か早鐘を打ち続けている心臓をぎゅっと抑えていると、レッドは心配そうに眉を潜めた。
「あの、グリーン? 大丈夫? 具合悪い?」
「あ、いや⋯⋯そうだ、レッド、喉乾かないか? 何か買ってきてやるよ。何がいい?」
うん、彼氏っぽい。いいぞ。挽回していこう。これ何の勝負だったっけ?
「え? ああ、じゃあ一緒に買いに行こう。ハナダの喫茶店でお茶してもいいし。少しでも君と一緒にいたい」
強い。
認めない⋯⋯。俺は認めないぞ⋯⋯。レッドがこんな、姉ちゃんが持ってた少女漫画に出てくる男みたいな⋯⋯。
さてはカスミか? カスミに指南してもらったのか? ということはレッドは今好きなヤツでもいるんだろうか。エイプリルフールついでに俺は練習台にされている? もしそうだとしたら何だか腹立つな⋯⋯。
いや俺には関係ないことだけど!
***
結局ハナダにある人魚をモチーフにした何だかお洒落な喫茶店でお茶をすることになった。先に会計を済ますタイプの喫茶店だ。お昼時なのでランチも済ませてしまおうという話になり、俺はパスタ、レッドはオムライスを追加で注文した。レッドはレシートを受け取ると、何故か暫く固まった。
「どうした?」
「⋯⋯いや、何でも。あ、窓際の席空いてるみたいだから、あそこで食べよう」
お互いテーブルについて、レッドは一口ジュースを飲むと、ちら、と店内の時計を見上げた。
同じように見上げて時間を確認したところ、あと少しで午前が終わるようだ。お互いの種明かしまで残り二分。引き分けか。
レッドはもう一度レシートを取り出して数秒眺めてから財布に仕舞い、ジュースの氷をカランコロンと鳴らして呟いた。
「君への想いは墓場まで持っていこうと思ってたんだ」
どうやら最後の悪あがきを始めたようだ。もう何が来たって俺は動揺しない⋯⋯と、思う。
少しの間だけ沈黙してから、レッドは俺をまっすぐに見つめた。
「だからもし君の告白が、エイプリルフールの嘘とかだったら、君を殺して僕も死ぬけど──違うよね?」
十二時になった。
え? 今のは嘘? マジ? どっちだ⋯⋯!?
店内に鳴り響く十二時の音を聞きながら、俺は人生最大の選択を迫られることになったのだった。
(四月馬鹿では終わらせない)
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