それはさながら自傷行為

周りの歓声が耳に煩くて頭がガンガンする。

たくさんの目が俺を取り囲む。

失望の目。哀れみの目。同情の目。好奇の目。見下しの目。

たくさんの口が、人形のようにパクパク動いていて気持ち悪い。

何か云わなきゃ。少しでも、プライドを守れるような。助けてくれる人なんて誰も居ない。俺は独りなんだから、自力で立たなきゃ。ああでも、身体が生きるための何もかもを忘れてしまったかのように、呼吸が出来ない。身体が動かない。苦しい。


誰かに足を掴まれて、暗闇に落ちていく。




**


目が覚めた。

全身が汗に濡れて気持ちが悪い。最悪の気分だ。

薄ぼんやりとした橙色の灯りに照らされて、恋人であるレッドがベッドに手をついてこちらを覗き込んでいる。

ああそうだ、ここはホテルだ。二人で泊まっていたんだ。

いつの間にか立ち上がってどこかへ歩いていったレッドは、すぐに水の入ったグラスを持ってこちらにやってきた。俺はそれを受け取って、一気に飲み干す。

は、と息を吐くと、レッドが背中をさすってくる。俺はそれを振り払った。閑静な部屋に一人分の荒い息遣いが響いている。


「チャンピオン戦の夢を見た」

「⋯⋯⋯⋯」


そう呟いて見上げると、何か云いたげなレッドの瞳が、ただ俺を静かに見つめている。その瞳の奥にあるのは同情か哀れみか。


「何て顔してんだ⋯⋯。やめろよ。俺はさ、そういう目が大っ嫌いなんだよ。特にお前に向けられるのは」

「⋯⋯⋯⋯」

「なあ、忘れさせてくれるんだろ──? 元凶の、お前がさ」


腕を引くと、レッドは抵抗することも戸惑うこともなく俺の上に覆いかぶさった。


「──君が壊されたいなら」




**


目が覚めた。

全身が汗に濡れて気持ちが悪い。最悪の気分だ。


「大丈夫か? 随分うなされてた見てぇだけど」


薄ぼんやりとした橙色の灯りに照らされて、幼馴染で親友のグリーンが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

ああそうだ、ここはホテルだ。二人で泊まっていたんだ。


水持ってきてやるよ、と云いながらグリーンがピッチャーの置いてあるカウンターへ歩いていき、すぐにグラス一杯分の水を持ってきてくれた。僕はそれを受け取って、ゆっくりと飲み込んでいく。


は、と息を吐くと、グリーンはぽすんと自分のベッドに座った。


「すげぇ汗。よっぽど厭な夢でも見たんだな。シャワー浴びてくれば? 俺も目が冴えちまったし、暫く本でも読んどくからさ」


何の夢を見たのか、とは聞いてこなかった。


グリーンはあのチャンピオン戦の日の話をあまりしない。たまに話したとしても、相手がお前で良かったとか、あの経験があって今の自分があるとか、前向きな言葉ばかりだ。きっと本心なんだろう。あのチャンピオン戦がグリーンを今でも苦しめていると思っているのはきっと僕だけだ。──苦しんでいて欲しいと思うのも。そして僕を利用して欲しいと思うのも。


未だに気にしているのは、きっと僕だけ。


このまま良い友人関係を築いていくことと、夢の中のように二人で堕ちて嘘でも結ばれることと、どちらが幸せか。前者に決まっている。だからこれでいい。これでいいんだ。


まだ少し残っているグラスの水は灯りを反射して、きらきらと澄んだように輝いている。この恋が実らずに終われば、それはきっと恐ろしいほどに透き通って綺麗なんだろう。だけどそれは小さな毒で、少しずつ心を蝕んでいく。僕は残りの水を飲み干した。


ちら、と横を見るとグリーンはベッドに寝っ転がって宣言通り本を読んでいる。じっと活字を追う横顔はあどけなくて、それをこうして近くで見ることが出来るなら、このままでも幸せだと。そう思えれば。



僕は黙って立ち上がり、タオルを持って浴室へ向かった。



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