side story - Gold

「ワタルさんとは一度戦ってみたいですけど、チャンピオンとかには興味ないんですよ」


冬の訪れを感じさせる寒さの中で、ジョウトを適当にブラブラと歩いている時。たまたまワタルに会ったゴールドは誘われるままに喫茶店でケーキを頬張っていた。奢りと云われて迷うこと無く着いていったゴールドは少し後悔し始めていた。


「そうか⋯⋯もったいない、と思ってしまうが、それならば仕方がないね。じゃあ君は将来どうなりたいんだい?」


将来。それはゴールドが今まで何度も聞いてきた単語であり、煩わしい話題の一つだ。こんなつまらない話をするために誘ったんだろうか。


「──大人ってみんなそれを聞いてきますよね。まあ、嘘吐いても仕方ないんで正直に云いますけど、特にないです。賞金だけで生活していけそうだし、友達とバトルして気楽に生きるのは楽しいし。一応トレーナーだって立派な職業でしょ?」


大概こう返すと大人たちは、それじゃあいけない、と説教を垂れてくる。君は優秀なんだから、と。ジョウトのバッジを全て集めて多くの事件を解決して、それなのにリーグに挑戦することもなく適当に生きているゴールドがもどかしいのだろうが、人の生き方に口を出さないで欲しいものだ。


ちらりとワタルの様子を伺ってみたが、ワタルはただ薄く笑ったまま黙って聞いているだけだった。


「そもそもジム巡りだって、ウツギ博士に勧められて何となくだったし。まあポケモン奪ったやつを追いかけるって理由もあったけど解決しましたからね。だから特に、目標も将来のイメージも無くて、でもそれで焦る気持ちもない。今まで通り困ってる人がいれば助けて、あとは好き勝手生きますよ」


すげない言葉にワタルは「君のその素直さは美点だね」と褒めてるんだか嫌味なんだかよく解らない返答をした。


「特に今することが無いなら、カントーに行ってみないかい。知らない土地で遊ぶのも楽しいものさ。ジョウトとまた違った空気で刺激的だよ」


カントー。山を挟んだ向こう側にある知らない土地。何となくクールなイメージがあって興味を持てなかったのだが、まあ確かに、一度くらい行ってもいいかもしれない。


「うーん⋯⋯。まあワタルさんがそういうなら、カントーのジムでも廻りつつ観光しようかなぁ」

「そうこなくっちゃ! 最近はもう電車で気軽に行き来できるからね。解らないことがあれば連絡してくれ」


ワタルはそう云って立ち上がると、会計は済ませておくから君はもう少しゆっくりしていくといい、とさっさと去ってしまった。

ああいう忙しそうな雰囲気も、チャンピオンになりたくない理由の一つだ。


ケーキの最後の一口を放り込んで、紅茶を飲み干す。


──カントーねぇ。


暇ではある。暇つぶしにはいいかもしれない。カントーに住む人達がどんなやつらなのか、興味がないわけでもない。


──行ってみるか。


どうしてワタルがカントーに行かせたがるのかゴールドには全く理解できなかったが、結局カントーへ向かうことにした。




***


「トキワジムのリーダー? ああ、不在なこと多いんだよね」


ゴールドはカントーに来てから順調にジムバッジを集めていた。もう残り二個で、カントーの旅ももうすぐ終わりかと思っていたのだ。それなのに。


トキワのジムリーダーが全然捕まらない!


確かにジョウトでも不在のリーダーはいた。だがトキワのジムリーダーは何故不在かも判らないので、一旦他のジムへ向かい後回しにしていた。


それなのに未だにトキワジムは閉まったままだ!


「あとトキワとグレンで制覇なのに! 先にグレン行くかな。この寒い中海渡りたくなくて後回しにしてたんだけど。てかカントー来たばっかの時も居なかったよトキワのジムリ。どんなやつ? 不良?」

「不良⋯⋯うーん、まあ不良っぽいとこもあるけど」


カントーで知り合った友人から聞いてみたところ、トキワのジムリーダーはグリーンというらしい。七年前にチャンピオンになり、だがすぐに幼馴染に負け敗退し、その後はトキワのジムリーダーを務めているそうだ。


「若いし生意気な感じだし、最初は結構反発する人も多かったんだけどね、今じゃジムさぼってても多めに見てもらえるくらいには慕われてるっていうか、溶け込んでるよ。この町に」

「ふぅん⋯⋯」


話を聞き終えた頃には、ゴールドはグリーンにとてつもなく興味を持っていた。いや、正直に云おう。憧憬に近いものを抱いていた。


チャンピオンになった瞬間に負けるなんて、自分なら絶対に腐っている。しかも自分と同い年、それも幼馴染に負けるなんて! それでもその後グリーンは自らの力で、ジムリーダーという枠の中ではあるがカントー最強の名を手にしている。

ゴールドが尊敬したのはその肩書ではない。自らの実力を理解して、それを活かし前へ進んでいく力強い姿勢だ。推進力だ。生命力だ。


十四になるゴールドは未だにフラフラと目的もなく遊んでいるのに、グリーンは僅か十一歳の頃に己の望む世界へ駆け上がっていったのだ。純粋にすごいと思う。


明確な目標とそれに伴う実力と努力の日々。

実に充実して楽しい人生なんだろうと、他人事ながらに思っていた。


現状に満足していたゴールドに、もう少し先へ行ってみたいと思わせるくらいには、まだ会ったことのないグリーンという人間には影響力があったから。




***


「俺はグリーン! かつてチャンピオンになった男さ!」


結局諦めて先にグレンジムへと向かうと、途中の島でまさかのトキワジムのリーダー、グリーンと会った。概ねゴールドの想像通りの人間だった。でも。


「あんたがジムさぼってばっかのグリーンか!」

「なんだ? 挑戦者か? 仕方ねぇな⋯⋯あとでジムに来いよ。お前強そうだし、相手してやるぜ」


ジムリーダーが挑戦者を選り好みしていいんだろうか。いやそれよりも、そんな言葉よりもゴールドが気に入らないのは。


「ここ、本当はポケモンの研究で活気づいた町があったんだ。火山の影響で今は跡形もないけどな⋯⋯」

「そんな何も無い場所になんでいんの?」

「⋯⋯考え事したいときに、よく来るんだよ。昔から」


そう、その顔だ。その表情が気に入らない。


どうしてそんな、寂しそうな、つまらなそうな顔をしているんだ。

ゴールドが憧れた人物は、もっと輝かしい人生を謳歌している人間のはずだ。そんなつまらなそうな顔で冬の海なんて眺められちゃ、尊敬しようにもできないじゃないか。



もっとこう、自信満々に己の地盤を信じ切った態度でいてくれなくちゃ!



「せっかくここまで来たから、グレンジムのバッジ手に入れてからそっち行くよ。今日中にいくから、それまでちゃんと開けといてよ!」

「すぐ突破できる前提かよ。そういうの、嫌いじゃないぜ」


あ。

少し楽しそうだ。うん。いい顔。


そうそう。そうだよ、そういう顔でいてくれればいいんだ。


じゃあな、と手を上げて去っていくグリーンの背中が見えなくなるまで見つめたあと、ゴールドはグレンジムのある双子島へ向かった。




***


そしてトキワジム。


「ちくしょう! 負けちまったか! でも次は負けないぜ!」


そう言ってグリーンはバッジを投げ渡す。

「次は⋯⋯って、なんかあんたとのバトル、ジム戦って感じがしないなぁ」

「何か文句でも?」

「いーや! むしろめっちゃ楽しかった!」


ニッと笑ってみせると、グリーンもつられるように笑った。何故か解らないけど、何だかもっと、その笑顔が見たい気がした。


「──オレね、バッジ集めたらジョウトに戻ろうと思ってたんだ」

「え? ああ、そうなのか⋯⋯」


その少し寂しそうな顔が、嬉しいなんて。


「でも、あんた面白いし、もうちょっとここに居ることにする」

「! ああ! それじゃ、また俺とバトルしようぜ!」

「もちろん! まあ、負けないけどね!」

「そう言ってられんのも今のうちだからな」


楽しい。ジョウトやカントーで出来た沢山の友人達とはまた違う感覚。やっぱりグリーンはゴールドに刺激をくれる。


もっと関われば、ゴールドにも進みたい道ができるかもしれない。

もっともっと関われば、グレン島で見せたつまらなそうな表情の意味も解るかも知れない。


まあ、そんな顔、ゴールドといる限りさせはしないが。


「じゃ、また!」


グレン島の時とは逆に、今度はゴールドが手を上げ背中を向ける。きっとゴールドがジムを出るまで、グリーンはその背中から目を離さない。



これからもっと楽しくなる。そんな予感がする。




***


ああ、まただ。

またその顔だ。


いつものようにグリーンに会おうとトキワジムに向かったものの不在だったので、グレン島に来てみたらやっぱりグリーンはそこにいた。


でもまたあの時みたいに、つまらなそうな顔をしている。


島の岩肌を背もたれに冬の海を眺めるグリーンに、ゴールドは上から声を掛けた。


「よ! トキワジムのグリーン! またサボってんの?」


こちらに気づいたグリーンは嬉しそうに、「いっつもサボってるみたいに云うなよ。まあ、サボりだけどな」と笑った。


栄光を手にしても、周りから尊敬の念を集めても、バトルに勝っても。グリーンからはどこか孤独を感じる。ゴールドとバトルをしている時はあんなに楽しそうなのに。


仕方ないので飛び降りて隣に並び、またジョウトであった面白い話を披露する。今のとこ、一番ウケたのはワタルが人に向かって破壊光線を打ったエピソードだ。


ゴールドの話をグリーンは、興味深げに聞いたり、楽しそうに聞いたりする。ゴールドがふざけて見せればグリーンは笑う。


そうやって笑っていればいい。少なくとも自分といる時は寂しい顔なんて絶対にさせるものか──自分でもどうしてこんなにグリーンを笑わせることにムキになっているのか、ゴールドには分からなかった。


もっと、こう、心の底からの笑顔が見たい。


ゴールドにならそれが出来る。そんな自信があった。でも具体的にどうすればグリーンは、そんな風に笑ってくれるのか。




***


「よぉ」


ゴールドがワタルにカントー制覇の報告でもしようとリーグに入ると、後ろから声を掛けられた。シルバーだ。

元々は盗人のシルバーを追いかけていただけで、言ってしまえば赤の他人だったわけだが、今のシルバーとの関係はライバルって言葉が一番しっくりくる。絶対に負けたくない相手だからだ。


「よ! お月見山ぶり? カントーに来てたなら言えよなー」

「俺にもいろいろ用事があるんだよ。お前は今からポケモンリーグに挑戦か? そいつは無理だぜ。育てに育てまくった俺のポケモンが、お前を倒すからな!」


赤い髪を振り払って、ボールをこちらに突きつける。いつもながらこちらの話を聞かずに自己完結するやつだ。


「ゴールド! 俺と勝負しろ!」

「相変わらずかっこつけちゃって。そもそも挑戦しに来たわけじゃないんだけど⋯⋯まあ、断る理由は無いね!」


シルバーを真正面に見据え、ゴールドもまたボールを取り出した。




***


「まだ勝てないのか⋯⋯。もっと、もっとポケモンのこと考えてやる必要がある⋯⋯そういうことか」


バトルはゴールドの勝利だった。「せいぜい頑張るがいいさ」と悔しげに目を伏せてリーグを去ろうとするシルバーを、ゴールドは引き止める。


「なんだよ、俺は忙しいんだ」

「シルバーってどんなときに笑う?」

「は? まあ、お前に勝てたならさぞかし楽しいだろうな」

「うーん、そういうんじゃなくってさぁ、もっとこう、無邪気な感じっていうか⋯⋯」

「なんだ急に。気持ち悪い」

「まあいいや」


何となくシルバーに聞いたら何か掴めるかもしれない、と思ったが何の参考にもならなかった。


変なやつ、と訝しげにゴールドを見遣ったあと、シルバーは今度こそリーグを去った。




***


カーン、カーンと鐘が鳴る。美しいその音色を海に響かせて。




何となくゴールドがハナダをぶらついていると、鐘の前にグリーンが立っていた。思いつめた表情でその鐘を見つめながら。


話を聞いてみたところ、どうやらそれは恋人岬の鐘、と呼ばれるカップル御用達の鐘らしい。二人で三回鳴らせば永遠に結ばれるのだそうだ。


ゴールドからすれば馬鹿みたいだ、という感想しか浮かばないが、グリーンは意外と信じるタイプのようだ。昔の彼女と何かあったんだろうか。グリーンならそういう相手、一人はいそうだ。あのつまらなそうな顔は、それが原因なんだろうか。


ならそれを取っ払ってやれば、ゴールドの見たい笑顔が見れるかもしれない。


信じてるんだ? とからかえば、鳴らせば良いんだろ!? と鐘を鳴らすための紐を握る。案外子どもっぽい。こんなグリーンの一面をその辺のやつらは知らないだろう。ちょっと優越感。



綺麗な鐘の音が海を渡って遠くまで響く。



この気持ちはなんだろう。

今までの友人達とは違う。シルバーとも違う。

あいつも何だか妙な関係ではあるが、やっぱりライバルだ。かっこつけて大人ぶって鼻につく。だから負けたくない。でもあいつ自身変わろうとしている。だから今は対等に思えるし、バトルも楽しい。


他の友人達とはそこまで深い関係じゃない。たまに電話したり、バトルをするくらい。まあ、友人、が一番妥当。じゃあグリーンとの関係はなんだろう。グリーンに抱くこの感情はなんだろう。もしかして、これが真の友情ってやつなんだろうか。


まさか恋とか愛とか、そんなんじゃないだろう。グリーン相手に。まさか。


でも今まで味わったことの無いこの感覚は、なんて言葉を当てはめたらいいか判らない。


三回目できっちり止めてやったらグリーンはショックを受けた顔をした。なんだかそれに少しムカついて、でも普段は絶対しないだろうその表情は面白くて。ゴールドは思い切り笑い飛ばしてやった。


「これで永遠に結ばれたって? あんたすっごく嫌そうだったのにな。残念でしたー。あはは!」


グリーンは完全にご立腹だ。お前マジで嫌い、という言葉に、何となく痛みを感じる。


「あれー? おっかしいなぁ? 鐘を三回鳴らしたのにな?──ほら、所詮迷信なんだって。あんたが何を気にしてるのか知らないけど、こんなの鳴らしたとこで何も変わらないんだよ」


肩を竦めて見せれば、グリーンは目を丸くしてこちらを見た。何だか今日は色んな表情が見れる日だ。



その日見たグリーンの笑顔は、ゴールドが望むものに近い気がした。




***


最近グリーンの姿をめっきり見かけない。

何だかストーカーみたいだが、ゴールドはグリーンの居場所を友人に聞いてみた。


「確かに最近ずっとジムも不在だなぁ。そんなに気になるなら、仲良いんだし家まで行ってみたら?」

「家行ったこと無い」

「えっそうなの? 意外。じゃあ教えてあげるよ」


教えてくれた話によると、グリーンは男二人でルームシェアをしているらしい。⋯⋯ジムリーダーって、実は儲からないんだろうか。


とりあえず家までたどり着きインターホンを押したところ、知らない男性が出てきた。これがグリーンのルームメイトか。細身なのに妙な迫力がある。


「こんにちは。グリーンに用があるんですけど、います?」

「⋯⋯グリーンなら出かけてる」


そう言い放ってバタンと扉を閉められる。こっちは丁寧に接したというのに、グリーンと違って全く愛想の無いやつだ。

だがゴールドは見逃さなかった。玄関にはいつもグリーンが履いている靴があった。絶対にグリーンは中にいる。それを何故かあの男は隠そうとしている。


──怪しい。


厭な予感がして、こっそりと窓の方へ回る。

カーテンがかかっていたが、ほんの少しの隙間から中を見ることができた。


「うわ、何あれ⋯⋯」


大型ケージの中に、誰かがいた。ポケモンじゃなかった。あれは、そう、グリーンだ。グリーンがケージに閉じ込められている。どう考えても普通じゃない。


これに気づいているのはゴールドだけだ。助けられるのはゴールドだけだ。


本来ここで警察を呼ぶべきだがゴールドはそうしなかった。


──自分の手で助け出したかった。




***


男は強かった。

トレーナーの世界では強い者が全てだ。だからバトルを仕掛けた。ゴールドが勝てばグリーンを解放するように云って。


だが驚くほどに強くて、なかなか勝てない。それでも毎日ゴールドは勝負を挑みに通い続けた。



一週間ほど通い詰めたある日、いつものようにインターホンを鳴らして騒ぎ立てると、出てきたのはあの男だけではなく──グリーンもいた。

ゴールドは心底驚いた。グリーンは男の手を握ってやってきたのだから。


グリーンが男を突き飛ばす。

グリーンに手を取られる。

握られた手が熱を持っていく。



「ゴールド!──俺を助けてくれ!」



グリーンがゴールドに助けを求めている。

その瞳に吸い込まれる。

胸がどくどくと脈打っていく。


結局この感情が何なのか判らないままだけど。



「そのために来たんだろ!」



きっと、この人と生きるのも悪くない。


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