グレンの噴火
「グレンに行ってきた」
グリーンがマサキの家にやってきて開口一番にそう告げたのは、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇天の日だった。
つけっぱなしにしているテレビからはここ連日、グレン島の噴火のニュースがずっと流れている。その影響により、町ひとつが押し流されてしまったということも。
「⋯⋯なんにもなかったよ」
「⋯⋯そうか。まぁ、全員避難して死者がでんかったんは不幸中の幸いやな」
グリーンは目をふせながらテーブルを回ってマサキの向かい側へと座った。マサキは一旦立ち上がり、コップに二人分のお茶を注いで戻ってくる。
「明日から臨時のポケモンセンターが建てられるらしいけど、多分、もうあの島で町の復興はできないんじゃないかなって、思う」
「あんなに研究で栄えとったのになぁ。研究所がもろとも無くなってしもたんは大きな損失やな⋯⋯。まあ、カツラさんがふたごじまで上手くやっとるらしいし、グレンタウンの人らは大丈夫ちゃうか」
テレビの声をBGMに、二人の間に沈黙が落ちる。
グリーンが思いつめた表情でここを訪れるのはこれで四回目だった。最初は彼が旅をしていた頃、ポケモンの埋葬の仕方を尋ねにやってきたとき。二回目はチャンピオンの座をくじかれたとき。三回目はレッドの失踪がはっきりと認められたとき。今回は──
グリーンが何度か口を開きかけては閉じるを繰り返した後、コップをじっと見つめながら、ようやく言葉を発した。
「レッドのやつ、無事だよな⋯⋯?」
マサキはグリーンがここを訪れた理由を察した。
きっと彼は初めて知ったのだ。自然の前では、どんなものでも無力だということに。自然のほんの気まぐれで、命が簡単に消えてしまう可能性に。元グレンタウンの成りの果ては、彼に大きなショックを与えたに違いない。チャンピオンにジムリーダーと偉業を成し遂げてはいても、目の前にいるのはまだ十四歳の少年なのだ。
レッドの安否をマサキが知るはずもなかった。グリーンもそのことはよく解っているはずだ。それでも、胸の内に生まれた不安を持て余して、どうしようも出来ない内にここに足を運んでいたんだろう。
「だーいじょうぶやって! レッドは強くて賢い子や。それはグリーンくんが一番解っとるやろ? それにな、強いトレーナーいうんは、運もめっちゃええねん。心配せんでも、相変わらずのマイペースっぷりでどっかで元気にやっとるわ」
だから、掛ける言葉は気休めでいい。それも出来るだけ根拠のないもので。
グリーンは強張った顔を無理に笑わせて、そうだよな! と返した。
「レッドのやろー、勝ち逃げしたままどっか行っちまいやがって。会ったら絶対文句言って、今度こそ叩きのめしてやる!」
「その意気や! よ! さっすがカントー最強ジムリーダー!」
空元気でも何でも、笑っている方が前を向いていける。
グリーンは窓の方へと目を向けながら、ありがとな、と小さく呟いた。マサキはそれを、聞こえなかった振りをした。
「オレさ、しばらくはグレン島の様子をちょくちょく見に行こうかと思うんだ」
「ええんちゃう? ポケモンセンターのジョーイさんも寂しいやろうしな。グリーンくんみたいなええ男来たら喜ぶで」
なんだそれ、とグリーンは笑った後、神妙な顔をしてマサキに問いかける。
「なあ、マサキはさ、本当にあの噴火が、偶然だと思うか?」
「⋯⋯どういう意味や?」
「噴火の影響が一番酷かったのは、研究所のあたりだったんだよ。まあ、火山をコントロールできるとは思えないけどさ、人為的なものを感じずにはいられないっつーか⋯⋯」
グリーンの言いたいことは理解できた。
「危ないから首つっこんだらあかん、て言うても聞かへんやろうし、わいは止めんけどな」
「マサキ──」
「でも一人でなんでもしよー言うんはあかんで! 今のグリーンくんには頼もしい仲間がたくさんおるんやからな。下を頼れてこそのリーダーや!」
「ああ、うん、そうだな⋯⋯。部下はこき使わねーとな!」
「せやせや!──いや、ほどほどにしたってな?」
グリーンはコップに残っていたお茶を飲み干すと、「じゃあ、雨降る前に帰るわ」と言って玄関へ向かった。玄関先まで見送ろうとマサキも後を追う。
「じゃな、マサキ。お茶ありがとな」
「あ、せや! グリーンくん! 暫くわい留守にするから、ここ来てくれてもおらんで」
「えっなんで?」
「ジョウトの実家の方に帰省しよ思うてな。たまには親孝行せんとな」
「ああ──うん。いいと思うぜ」
グレンの出来事がショックだったのはマサキも同じだった。当たり前のように存在しているものは、実際は幸運の積み重ねでそこにいるのだと、こういったニュースを見る度に人生の有限さに気がつくのだ。
「なんかお土産買うてきたろか?」
「いかりまんじゅう」
「なんやカントー人みんな好きやなそれ。分かった。エンジュの本場のやつ買うてきたるわ!」
「ん」
そうしてグリーンを見送ってから、マサキは荷物をまとめてジョウト地方のエンジュへと向かった。ぎりぎり店に残っていた最後の一つであるいかりまんじゅうを購入する。
その街で出会った小さな少年が、後にレッドやグリーンの時間を動かす存在となることを、マサキはまだ知らない。
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