失われた世界 ?週目
「まあでも、するべきことははっきりしたね」
「するべきこと?」
最初に戻ったスズの塔。
少し情緒不安定だったゴールドは今はもう完全に落ち着いていて、余裕の持った笑みを浮かべている。
「この世界を創り出しているのはレッド。なら、この世界から抜け出すにはレッドを倒せばいい」
レッドがこの世界を創り自分達を閉じ込めている。ゴールドはそう主張したいようだ。
──本当にそうだろうか?
──それが真実なんだろうか?
正直に言えば、グリーンはその事実を認めたくなかった。しかしそれを明確に否定する材料はない。
レッドが創った世界なら、ジョウトにある建物が舞台になるだろうか? という疑問はあるものの、グリーンはレッドが失踪してからの三年間を知らない。そもそもレッド以外に当てはまる人物が思い浮かばなかった。
ゴールドの先程の推理も的を得ている気もした。
「でも、倒すったって、どうやって。この世界はレッドが創ってて、バトルもポケモンが言うこと聞いてくれないんだろ? どうやったって勝てるとは思えない」
「あんたって⋯⋯意外と真面目だね? それとも──考えたくないのかな?」
ゴールドはきょとんとしたように目をぱちくりとさせた。
「バトルで勝つ必要なんてないでしょ。僕らはレッドを倒すんだよ。その──まあ、言いづらいけど、ようは殺すってことだ」
「──殺す」
「あ! 殺すっていったって、もうあの人死んでるんだから、そこまで思いつめなくていいと思う。むしろ救済だよ。僕たちのすることは」
「──救済」
それでね、とゴールドは言いづらそうに続ける。
「その役目は、グリーン、あんたがするべきだと思う」
「俺が、レッドを、殺す──?」
「あんたはこの世界の影響を受けない。レッドを確実に倒せるのはあんただけだ。⋯⋯できる?」
黙り込むグリーンをゴールドはじっと見つめている。
殺す。救済。俺が。レッドを。倒す?
「説得、とか、まだ他にも方法は──」
「無理。あんたも見たでしょ。何言ったって通じないよ、もう」
無言のまま動けないグリーンにゴールドは目を伏せてため息を吐いた。
「やっぱ無理だよね。あんたレッドのこと好きなんだもんな。分かった。その時が来たら僕がやる」
「⋯⋯⋯⋯」
「ほらほら! 暗くならない! ずっとこのままって訳にも行かないだろ? そんなの、あの人だって苦しいだけだと思う。あ、そうだ! ここから出たらどこ行きたい? 本物のスズの塔案内してあげようか!」
ゴールドはぐいぐいとグリーンの手を引っ張って歩いていく。考えることから逃げたグリーンはただただ連れられるままに足を動かした。
***
グリーンがふと気がつくと誰かのベッドに座っていた。ここは確か──ゴールドの部屋だ。あまり思い出したくない場所だ。
見回したがゴールドの姿は見えなかった。一階からガタガタと音がする。グリーンはのろのろと立ち上がり、階段を下りた。
台所にゴールドはいた。
「ゴールド?」
「あ、ごめんね放置しちゃって。なんかグリーンぼうっとしてて危なっかしいからさ」
「何してるんだ?」
「武器調達」
そう言ってゴールドは包丁を目の前に掲げて見せた。
「ポケモンじゃ不安定だからね。それに霊相手とはいえ、人殺しみたいな真似させたくないし」
その包丁で、レッドを刺すのか。──ゴールドが。
「その包丁⋯⋯」
「見たくなかったら見てなくていいからね。その時が来たら、あんたは目を瞑ってたらいい。そしたら全部──終わるから」
「⋯⋯俺にくれ」
「え?」
包丁を持っているゴールドの手を掴む。振り払おうにも危なくて出来ないのか、ゴールドは慌てた様子でもう片方の手でグリーンの手を掴んだ。
「な、なに言ってんのさ。もうこれ以外に方法は無いんだって! ずっとここで彷徨ってる僕が言うんだから──」
「そうじゃない。⋯⋯やっぱり俺にやらせてくれ」
「⋯⋯できんの?」
ゴールドは力を抜いて、包丁を手渡した。手に収まったその刀身に、青ざめたグリーンが映る。
「あいつとはガキの頃から一緒だったんだ。友達とか、ライバルとか、そんな簡単な言葉では言い表せないくらい、特別なやつなんだ。だから──」
ぎゅ、と柄を握りしめる。
「あいつが苦しんでるなら、俺がこの手で──引導を渡してやる」
「⋯⋯そう」
「それに、お前にばっか背負わしたくねーしな」
「⋯⋯そっか。分かったよ。あんたの覚悟は。信じる」
ゴールドは真面目な顔で、それじゃあ行こうか、とグリーンの手を握った。
「赤いスズの塔──レッドの元へ」
***
ぐるぐると回って赤いスズの塔にたどり着く。今回のゴールドは五体満足だ。ただ──肌は白い。
奥へ続く道を歩いていく。最初のときにいたはずの、顔のないやつらは居なくなっていた。
一歩進むごとに寒気が身体を襲う。本当にできるんだろうか。グリーンに、レッドを殺す、なんてこと。奥にレッドが居なければ、と思わずにはいられない。
しかしそんな願いも叶わず、レッドはいた。こちらに気づいて振り返る。モンスターボールは出さなかった。全てを悟りきった顔でグリーンをじっと見つめる。グリーンはレッドの前に立った。ゴールドはそんな二人を後ろで見守っている。
「本当に──お前はレッドなのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
レッドは少し迷う素振りを見せてから、小さく頷く。ああ──
ゴールドの言うことは本当なのか。
「なあ、レッド、お前はなんでこんなことしたんだ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「何か言ってくれよ⋯⋯。俺にはもう、何も出来ないのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
レッドは何も言わない。ただ静かにこちらを見つめている。
背中で隠している包丁を握る手が震えてくる。
「どうして何も言ってくれないんだよ、レッド⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯」
レッドはちら、とグリーンから視線を外した。ゴールドを見ているようだった。そして少し目を細め──ゴールドの方へ走り出した。
「ああ! くそ! ──ばかやろう!!」
グリーンはその背中を──
刺した。
半透明で、幽霊みたいな存在なのに、確かに刺した感触があった。
包丁から滲む赤だけが、鮮明に色づいている。
レッドは倒れた。
そしてグリーンもまた、気を失った。
***
「あーあ、やっぱグリーンには無理だったか」
刺されたレッドがそれでもなお立ち上がろうとすると、思い切り顔を蹴り上げられた。そのまま身体は仰向けに転がる。背中に刺された包丁がより深く刺さる。
「⋯⋯⋯⋯!」
「普通にまだ生きてるし。しぶといなー」
痛みはない。そもそもこの世界にそんなもの存在しない。だが身体は全く動かない。
「アンノーンで何とかグリーンに伝えようとしたんだろうけど、上手くいかなかったみたいだね。残念でした──っと」
ゴールドはレッドを乱雑に起こして背中の包丁を抜く。
「喋れないって難儀だなー。意思疎通ができないもんね?」
胸ぐらを掴むゴールドを、レッドは静かに眺めた。
「⋯⋯なんだよ、その顔。まさか僕のこと哀れんでる? 言っとくけど僕は幸せだよ。これからずぅっとグリーンとこの世界で遊べるんだから! あんたは喋んないしつまらなかったけど、あの人はすんごく楽しいもん!」
ゴールドはレッドを地面に放ると、赤く染まった包丁でその腹を刺した。半透明なレッドの身体が赤く染まり、面影が消えていく。
「そういえばさ、結局あんたはグリーンのことどう思ってたの? 好きだったりした? 両思いだった? あはは! 可哀想なのは僕じゃない、あんたの方じゃないか! 何も理解されないまま消えるんだから!」
何度も、何度も繰り返し刺していく。床に赤が広がるとともに、レッドの身体の境界が溶けて消えていく。
レッドは。
レッドはゴールドを──
可哀想な子だ、と思った。
ゴールドは主人公としての役目を終えることを恐れている。全てが消えて忘れ去られることを恐れている。
同じ立場であったレッドはその気持ちを理解できた。
自分が唯一無二の存在だと思ったところで、データが消去されれば己は消える。ゲームが始まらなければ世界は止まったまま動かない。それはなんて恐ろしいんだろう。
「そういやあんた、グリーンが来てから特に邪魔し始めたよな? すごく怖がってたなーあの人。あんたは必死に助けようとしただけなのにね!」
救いたかった。
理解できるからこそレッドは救いたかった。
ゴールドを救うことで、自分も救われたかった。
「ああもう、赤色しか見えないや」
もう一度。もう一度世界がループすれば。
救えるだろうか。
グリーンも、この子も。
「じゃあね。グリーンのことは僕に任せてよ。ばいばい」
ループ。出来るはずだ。過去に何度も世界のハッキングをさせられ続けたのだから。そして次はもっと上手くやる。せめてグリーンだけでも──助け出してみせる。
ゴールドが止めを刺そうと包丁を振り上げたその瞬間。
残り僅かの力でレッドは、この世界を、ゴールドの創り出したこの世界を──
巻き戻した。
失われた世界 一周目へ続く
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