レグリ - BAD ED

シロガネ山で僕が寝床にしている洞窟へ戻ると、そこにはいつもと変わらない幼馴染の姿がある。小さな僕の足音にも敏感に反応して、グリーンは勢いよく顔を上げた。


「レッド⋯⋯? レッドか!? レッドだよな⋯⋯?」


彼の目はもう見えていないから、足音の主が僕かどうか判らなくて不安がっているようだ。ここに来るのなんて僕しかいないのに。


「ただいま」

「レッド!! どこ行ってたんだよ⋯⋯! 俺を置いていくんじゃねぇっ」

「だって、足の感覚ないんでしょ? 山の中じゃ危ないよ」


彼の足は眠っている間に氷漬けにした。痛いのは嫌だと云っていたので、妥協案だ。目が覚めたら己の目も足も機能しない状況は、殊更彼を追い詰めているに違いない。全てが僕の仕業だと知ったらどうなるだろう? そんな破壊衝動に駆られることもある。


僕を探し当てようとグリーンの手が彷徨う。


洞窟の隅に置いておいた上着を羽織って、彼を抱きしめた。この上着にはメロメロ薬とかいう巫山戯た名前の薬を振りかけている。グリーンを追いかけてマサキの家に行った時、こっそりスポイトで拝借していたものだ。



近づいた相手を狂わせる薬。

恐らく薬の匂いと体臭が合わさることで効果が発揮される。

グリーンがそれをわざと付けているとは思えない。

家の中で床がぺたぺたとしている位置。

雑に置かれている少量の液体が入ったビーカー。

周辺には少し濡れたような跡がある。


簡単な推理だった。



「れっど、れっど⋯⋯ひとりにすんな⋯⋯」

必死に僕を逃さないようにと、背中に手を回してしがみつく彼が愛おしい。最初からこのくらい素直だったら──それかあの時気づかなければ──僕も酷いことをせずに済んだのに。


僕は元からグリーンのことが好きだったからか、平常よりあまり薬は効かなかったらしい。ただ気持ちが隠しきれなくなったくらいだ。

オーキドの攻撃により気絶した後、目が覚めて周りを見渡せば全員薬の効果が切れており、何も覚えていないようだった。だから咄嗟に僕も記憶のないフリをした。


ポケットの薬を握りしめながら、やっぱり今まで通りでいるべきだと思っていた。でも──



なんで番号消したこと知ってんだ?



どうせバレてしまったなら、こうする方がいい。

いやむしろ、僕は気づかれたかったんだと思う。


万が一薬の効果が消えてしまえば、グリーンと過ごしたこの時間は全て無かったことになる。その事実と彼の偽物の愛情に、何も思わないわけではないけれど。



「ごめんね。でも食料とか調達しないといけないからさ」

「食料とかいらねぇ⋯⋯お前がいればいい」


何も見えていない、焦点の合わない瞳の奥に、それでも揺らめく闇が覗けるようでぞくぞくした。グリーンにはもう僕しか"視えて"いない。


背中に立てられた爪の痛みさえ僕を煽るには十分だ。


「そういう訳にはいかないって。食べないと死んじゃうよ」

「お前と一緒なら死んでもいい。──ああ、そうだ、死ねば飯食う必要もなくなってずっと一緒に入れるじゃねぇか。俺と心中しようぜ。な、レッド、いいだろ? なあ──」

「そういうのやめろって何度も云ったよね?」


厳しい口調でそう告げれば、グリーンはびくっと肩を跳ねさせて顔を青くさせた。


「──あ、わり、ごめん。も、もう云わない、絶対云わねぇから⋯⋯俺のこと、す、捨てたりしないよな⋯⋯?」


本当はグリーンが僕と死にたいと云ってくれるのは嬉しいし、捨てるなんてこと絶対にあるわけないが、こうやって僕に捨てられることに怯えて依存する彼が可愛くて、つい意地悪をしたくなる。

無言を貫いているとグリーンは解りやすいくらいに震え始めた。過呼吸でも起こしてしまうんじゃないかってくらいに、息を上げていく。


「れっど⋯⋯な、なんでも聞くから、なんだってやるから、見捨てないでくれ。一人はいやだ。特にこんな、寒い場所じゃ⋯⋯」

「なんでも?」

コクコクと必死に頷く彼の髪を優しく撫でる。


「大丈夫、君を捨てたりなんてしないよ。ずっと傍にいるから」

「⋯⋯俺のこと好き?」

「うん、大好き」


力が抜けたようにグリーンは息を吐いた。それを遮るようにキスをすると、彼は一切抵抗することなく受け入れる。


僕の機嫌を損ねないようにと舌の動きに応える彼に、愛情が広がっていくのを感じて、今夜はとびきり優しくしてあげようと決めた。



人にやったことは自分に返ってくるんだよ、グリーン。

何倍にも大きくなって。




今日のシロガネ山はいつもより風が強くて、涙も凍ってしまいそうなくらいに──寒い。



ヒビグリ - BAD ED

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