最終話:ED?
グレンは相変わらずポケモンセンター以外に何もなくて、当時はポケモンの研究で栄えていたこの街を思い出して物悲しくなった。そういえば、ヒビキと初めて会ったのはこの場所だったな。
取り敢えずは一旦、ポケモンセンターの中へと入る。そこにはジョーイが一人だけ受付に立っていた。
「あらグリーンさん、また来たの? あんまりジムの人たち困らせちゃだめよ」
俺を見るなりそんな説教じみたことを言う。ここは人が来ることが少ないので、俺はすっかり顔なじみだ。そういえば余りに色々なことが起こりすぎて、ジムのことをすっかり忘れていた。
一応マサキの家へ寄ったあとジムに戻るとは伝えていたから、今頃みんな俺を探し回っていることだろう。特にヤスタカはすぐに俺を探し出すから、出くわす可能性は高かったかもしれない。ジムトレーナーみんながおかしくなる状況を想像しかけて、慌てて俺は顔を振った。
「緊急事態だ。今すぐここから逃げてくれ」
「ええ!? どういうこと? 人が来ないとはいえ仕事だから、私も勝手に抜け出すわけには行かないのよ」
「責任は全部俺が負う。とにかく今は、何も聞かずに別の場所へ避難してくれ。いや、今日は仕事を切り上げて帰宅してほしい」
ジョーイは不審な目で俺を見たが、真剣だと分かるとため息を吐いて「分かったわ」と奥へ歩いていった。
そして私服で出てきたジョーイは、
「何があったか知らないけど、あんまり一人で溜め込んじゃだめよ? 貴方のことは息子みたいに思ってるから、何でも相談してちょうだいね」
そう言ってウインクして、グレン島から去っていった。あの人には本当に敵わない。
それから三十分もしない内に、ずどん! と巨大なポケモンが降り立つような音が聞こえてきた。ああ、案外早かったな、と半ば諦めの気持ちで外へ出る。せめて一人に減っていてくれればいいのだが。
しかし悲しいかな。三人全員そこに居た。
「⋯⋯で、誰がバトルに勝ったんだ?」
そう問うと、レッドは呆れた眼差しで、
「審判であるグリーンがいないのに戦っても意味ないじゃん」
そんなことを宣った。
「僕は真っ先にグリーンさんが居なくなっていることに気づきましたよ! こっちの方面に向かっていくのが見えましたもん。グリーンさんてじっとしてられないんですね。やっぱり縛っておかないと」
「あなぬけの紐ならあるよ」
「いや、縛ったりなんかしたら何かあったときに危ないだろう。ポケモンに見張らせるべきじゃないか?」
なんでお前らちょっと仲良くなってんの?
三人で潰し合うどころか共闘し始めそうな雰囲気に、俺は気が遠くなるのを感じた。ここまでか。マサキの作戦は何だったんだろうか。いや、あいつは嘘を吐くような奴じゃないから、きっと間に合わなかったんだろう。
人生において最も重要な瞬間は、手遅れになるまで分からない⋯⋯誰かの言葉だ。
まさかあの、メロメロ薬とかいう巫山戯た薬を見つけたあの瞬間が、自分の人生を分けることになるとは夢にも思わなかった。
「さ、グリーンさん、大人しくしていてくださいね」
ヒビキが俺の腕を引っ張る。もう抵抗する気力もない。
全てを諦めた、その時だった。
「フシギバナ、はっぱカッター!」
突然首根っこを捕まれ持ち上げられたかと思うと、目の前の三人に鋭い葉が襲いかかった。みんな突然のことに驚いて、腕で顔を覆っている。
そして葉が止んだ瞬間に、
「続けてねむりごな! ──そしてナッシー! 催眠術!」
朗々とした声が響いていき、あっという間に三人は倒れた。
なんだなんだなんだ!? 何が起こったんだ!? 心臓がバクバクして鳴り止まない。俺はギャラドスの背に乗っていた。もちろん俺の相棒じゃない。
「やれやれ、ワシはもう引退したんじゃがのぅ」
「じ、じ、じいさん!」
ボールを持ってギャラドスの背に立っているのは俺の祖父であり、世界的権威を持つポケモン博士──オーキド・ユキナリであった。
ギャラドスからゆっくり地上に降り立ったあと、オーキドはポケギアで誰かに電話をした。しばらくすると複数人のジョーイが現れ、気を失った三人を運んでいく。
「なんでここが分かったんだ?」
「マサキくんにGPSをつけてもらったんじゃよ。おぬしの背中にの」
いつの間に。そうか、三人に俺の背中を押して差し出したあの時か。
「事情は全部聞いておる。グリーンよ、後でたっぷり説教じゃから覚悟しておれ」
「何日だって聞くぜ!」
それはワシが疲れるわい、と呆れた様子のじいさんを無視して俺は清々しい気分に満ち溢れていた。助かった、俺は助かったんだ⋯⋯! 涙が滲んでくる。
「それにしてもあのワタルくんまで⋯⋯恐ろしい薬じゃのう」
そうして俺はじいさんとともにマサラタウンへと帰った。引退して随分経つのに衰えることのない祖父の強さに、尊敬の気持ちを強めたのは秘密だ。
***
翌日、皆の薬の効果が切れた頃に、俺はじいさんやコトネ、マサキと共にレッド達の見舞いに訪れていた。
「あれ? 何で僕病院にいるの?」
「わああん! ヒビキくん! 良かったぁ!!」
「わぁ! こ、コトネ!?」
ヒビキが起きた途端、コトネが泣いて抱きついて、ヒビキは顔を赤くしながらわたわたしていた。俺に対しての反応と似ているが、薬の効果はもうないので奇行に走ることはないだろう。──それにしても。
「ちぇっ薬効いてたころの記憶はなくなっちまうのか。からかえねーじゃん」
「少しは懲りたらどうじゃ」
頭の後ろで手を組みながら、すっかり安心した俺がそんなことを言ったのに対し、じいさんは半眼になって呆れた。
次に起き上がったのはワタル。
「ここは⋯⋯俺は一体今まで何を──」
じいさんは呻くワタルの前まで俺を引っ張り無理やり頭を下げさせた。
「すまんかったのぅ。うちの馬鹿孫が迷惑かけたようじゃ」
状況を理解していないワタルは目を丸くして、
「いえ、グリーンくんが無事で何よりです」
そう言って笑った。
さすがの俺も良心が痛んだのできちんと頭を下げ直して謝った。まあ何も覚えてないだろうが。そういえばイブキは大丈夫だったんだろうか⋯⋯
一瞬席を外してイブキに電話を掛けてみたところ、俺を助けようと鍵を開けたところから記憶がなく、起きたら布団の上で師匠に介抱されていたらしい。散々文句と何があったかを聞かれたが、俺はシラを通しきった。
そして最後にようやくレッドが起き上がる。
「ようレッド、気分はどうだ?」
声をかけるとレッドは辺りを見渡し、少し考え込んだ後、「⋯⋯シロガネ山じゃない」と呟いた。全員薬の効果が完全に切れたようだ。マサキは「良かった、ほんまに良かった。わいもう二度とこっちの分野に手ぇださへん」と涙ぐんでいる。俺の勝手な行動で随分迷惑をかけたうえに、趣味を一つ潰してしまったようだ。今度お詫びに何か持っていこう。
そして昼過ぎには、全員が退院をした。
***
俺はシロガネ山に荷物を置いてきてしまっていたので、レッドに覚えている限りの位置を伝え案内してもらった。レッドは特に何も聞いてこなかった。相変わらずドライなやつだ。ポケモン以外に興味なんてないんじゃないだろうか。
例の洞窟まで辿り着くと、俺のカバンがちゃんとそこにあった。
「これこれ。ポケギアも入れっぱなしだったから困ってたんだよ」
俺のその言葉に、後ろにいたレッドは何かを思い出したようで、
「あ、そうだ。グリーン、はい」
と、自分のポケギアを手渡してきた。
「なんだよ急に」
「僕の番号消しちゃったんでしょ。さっさと登録し直してくんない」
「ああ、そうだったな。わりぃな」
そういえばヒビキを言いくるめるために番号を削除していたんだった。すっかり忘れていた。レッドは自分では何もする気がないらしい。俺はレッドからポケギアを受け取り、番号を確認して自分のポケギアに登録する。
ふ、と感じた違和感。
「──なんで番号消したこと知ってんだ?」
俺がその話をしたのは、薬が効いていた頃なのに。
ほとんど無表情なレッドにしては珍しく、本当に珍しく、にっこりと微笑んだ。満面の笑みだった。
そうして俺は、目の前が真っ暗になった。
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