第6話:修羅場編

「マサキ!!」


ばぁんと思い切りマサキの家の扉を開く。


「グリーンくん! 無事やったか!」

マサキはさっとガスマスクを装着すると俺の元へ駆け寄った。


「なあ、あの薬いつになったら効果切れるんだよ⋯⋯!」

一過性って言ってたのに全く切れる気配がない。自分のことを棚に置いて責めるようにそう問うと、マサキは顔を逸らした。

「えっとな、中和剤作るついでに調べたんやけどな、まあその──おおよそ一日やな。最後に匂いを嗅いでから」


嗅ぎ続けたら一生あのままということか。ヒビキのときもレッドのときもワタルのときも、あのまま捕まったままだったら今頃──そう思うとぞっとした。


「取り敢えずこれ中和剤や。これであと一日なんとかすれば大丈夫や!」


ばしゃあっと薄緑色の液体を掛けられた。掛ける以外に方法はないんだろうか。「で、匂いを嗅いでもうたのは誰なん? 」とマサキがガスマスクを脱ぎながら聞いてきたので、俺は素直に現状の説明をした。


「ふんふん⋯⋯ヒビキ、レッド、ワタルさん、イブキさん? って全員めっちゃ強いトレーナーやんけ!! しかもその内三人はチャンピオン級やん⋯⋯わいじゃ守りきれんわ」

「そ、そんなこと言わずに何とかしてくれよ⋯⋯! ねえちゃんにマサキのとこのイーブイ達毛づくろいしてもらえるよう頼んでやるからさ! 頼むよマサキぃ⋯⋯!」


もはや必死だ。珍しく弱りきった俺の声にマサキは慌てて顔をぶんぶん振った。


「えっ──いやいや、そないなこと言わんくても助けてあげたいんは山々なんやけどな⋯⋯せや! ちょお待っといて!」

バタバタと部屋の奥へと走っていく。俺は今回はちゃんと待つことにした。


──何やら外から人の叫び声が聞こえる。風が強くなってきたのか窓がガタガタ言っている。後ろから、ちゃんと閉めれていなかったのか、風圧に耐えきれず大きな音を立てて扉が開かれる音がした。


「グリーンさーん?」


ああ、振り向きたくない。扉を閉めたところできっともう意味なんてない。覚悟を決めろ、俺。俺だってチャンピオンになった男だろ。小さい頃から世話になってるマサキを酷い目に遭わす訳には行かないだろ⋯⋯!


頬を叩いて気合を入れ、外に出る。


「ボンジュール、ヒビキ! おやおや、まさかこんなところで会うとは⋯⋯⋯⋯うっ!?」


虚勢を張りすぎて自分でも何言ってるか分からない挨拶をしようとしたが、あまりの威圧感に俺は言葉を失った。何故ならそこにいたのは───



「あれー? 誰かと思えば僕に負けたレッドさんとワタルさんじゃないですかー。敗者は引っ込んどいてくれませんか? グリーンさんは僕が責任持って世話しますんで」


「グリーンくん、ほら言ったじゃないか危険だと。これで理解してくれただろう? さあ早く逃げよう。君を守ってやれるのは俺しかいないんだから」


「二人の勘違い野郎に追いかけられて大変だねグリーン。相談してくれればよかったのに。大丈夫この二人は僕が片付けておくから。そしたら君が逃げる必要ないもんね?」



ルギアから降り立つヒビキ、カイリューから降り立つワタル、リザードンから降り立つレッド──ここは地獄か?


「マサキ! ヘルプ! マサキ!!」

思わず家の中に走った。


「お待たせグリーンくん。って、どないしたん? そない取り乱して──はう!?」


奥から出てきたマサキにしがみつくと、マサキは顔を青くさせた。後ろを振り向くと三人がぞろぞろ中に入ってきている。

「ご、ごめんマサキ、でも俺もう死んだ⋯⋯」

「いや、生きとるから! 落ち着くんや! まだ生きとるで! ──むしろこれ、わいが死ぬんとちゃうか⋯⋯?」


レッドが色々と薬品やら謎のコレクションやらが並べられた棚に触れながらマサキを見やる。


「マサキの家っていろんなものが置いてあるよね。きっと貴重なものばかりなんだろうなぁ──まさか僕からグリーンを引き離そうなんて、そんなことしないよね?」


部屋の温度が下がったような気がした。俺のこと見捨てないよな? 不安に思ってマサキを見上げると、マサキは安心させるように俺に微笑んで、真剣な目をしてレッドと対峙し──


「⋯⋯いやぁ皆が来たら引き渡そ思うとってん。はいこれグリーンくん。仲良く分けるんやで」

「マサキ!? は、薄情者!!」

俺の背中をぐいっと押して前に突き出した。

涙目で抗議しようとすると、マサキは俺にだけ聞こえるよう小声で囁いた。


──できるだけ広くて人気のない場所に逃げるんや。あとはあの人がなんとかしてくれはる。


何か作戦があるらしい。


人気の少ない広い場所──? 咄嗟に思いついたのはグレンだ。広いと言えるかは分からないが、人が来ない場所で今思いつくのはそこだけだった。

だがその前に、こいつらをどうやって巻くか、だ。


外へ出た後、三人は互いに牽制の目を向けながら、さあ誰を選ぶのかと俺に残酷な判断を迫ってきた。


部屋で縛られて年下に何もかも世話されるのと、目と足潰されて寒い洞窟で過ごすのと、暗い地下牢で人間不信になりながら過ごすならどれがいいか? この中じゃ、ヒビキが一番マシかな、なんて。


どれも願い下げだ。


俺さ、と緊迫した空気を裂くように声を張る。


「強いトレーナーが好きなんだよね。弱いやつのもんにはなりたくねーし。だから、この中で一番バトルが強いやつなら、言うこと聞いてやってもいいぜ」


あまりに不遜な物言いに普通なら怒りを買うはずだが、今のこいつらはそれぞれ都合の良いように解釈するだろう。


「それって実質僕へのプロポーズですよね!?」

「素直じゃないね君も。バトルする前から勝者は分かりきってるのに」

「ああそうか。確かにまずはこの二人からどうにかしなければならないね」


ほらな。

新旧チャンピオン三人の同時バトルという、世間の注目を一気に浴びそうなバトルが人知れず始まった。近くにいたトレーナー達はルギアたちが上空を飛んでいるときに避難していたようだ。俺は三人にばれないようにそうっとその場から離れて、ピジョットに乗ってグレンへ向かった。




最終話:ED?

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