第4話:一方その頃編
コトネは今日、人生初めてシロガネ山へと続く28番道路に足を踏み入れていた。
幼馴染のヒビキがチャンピオンになり、それに感化される形でコトネもトレーナーとして強くなりたいと、カントージョウトのジムを回っていたのだ。そして昨日ようやく全てのジムを制覇して、シロガネ山への入山許可を得ることができた。
──ヒビキくん驚くかな?
ヒビキがこの28番道路に家を建てて住んでいると聞いていたので、突然押しかけて驚かせようと考えていた。不在の可能性は高いけど、やっぱり電話より直接話して驚かせたい。あえて進化させずに育てたマリルもコトネに同調して、楽しそうに弾みながら着いてきている。
そんなことを考えながら歩いていると、運良くヒビキの後ろ姿を発見した。
彼の目を丸くする姿を想像しながら、コトネはヒビキに声をかけようとしたが──
「グリーンさんの嘘つき!!」
だぁん! と、大声と共に足で地面を思い切り踏んだので、コトネは咄嗟に木の影に隠れた。マリルをボールに戻すのも忘れない。
ど、どうしちゃったんだろう。グリーンさんと喧嘩でもしたのかな。
ヒビキは今までに見たこともないくらいに殺気立っており、声を掛けるなんてとても出来そうにない。
「ああそうか。僕を試してるんだ。グリーンさんて寂しがりで天邪鬼だから、僕の愛が不安になって、逃げるフリして試してるんですね? そんなことしなくたって、こんなに愛してるのに!」
え、え、えええ!?
コトネは大混乱に陥った。
ヒビキくんとグリーンさんて、そういう関係だったの!? そんな素振り一度も──あ、でも確かにヒビキくん結構前に、毎週グリーンさんのお姉さんのとこに通ってようやくグリーンさんの番号教えてもらったとか、ストーカー紛いなこと言ってた! 知らなかった。幼馴染なのに私、ヒビキくんのこと何も知らなかった⋯⋯。
寂しいような切ないような、自分でもよく分からない胸の痛みを抑える。ヒビキは周りに人がいないと思い込んでいるからか、さらに独り言を続けている。
「やっぱりロープで縛るくらいじゃ駄目なんだ。グリーンさんがちゃんと素直になれるように、薬でも何でも使って、一人じゃ何も出来ないくらいにしないと⋯⋯」
よ、よく分からないけど、グリーンさんが危ない!
コトネは気づかれないよう静かにゲートへ戻った。
そしてポケギアからグリーンの番号に電話をかける。普通に聞いたら教えてくれた。しかし呼び出し音がずっと鳴っているばかりで本人が出る様子はない。
一旦切ってマサキに電話を掛ける。
確か今日、マサキさんの研究所へ遊びに行くと言っていたはず──
数回呼び出し音が鳴った後、懐かしいコガネ訛りの声が聞こえてきた。
「はい! こちらポケモンお預かりシステム管理サービス⋯⋯ってコトネか!? グリーンくん見んかったか!?」
「ぐ、グリーンさんは見てないですけど、さっきヒビキくん見かけて様子がおかしくて。グリーンさんを縛るだの薬漬けにするだの不穏なことを言ってたんです。そちらにグリーンさんがいるかと思って電話したんですが──」
「そうか、ヒビキが犠牲になってもうたか⋯⋯あんな、落ち着いて聞いてくれる?」
そうしてコトネは一通りマサキから事情を聞いた。
「め、メロメロ薬⋯⋯!?」
そんなギャグみたいな薬が!?
「せやねん⋯⋯何するか分からんくらい好きになってまうから、今ヒビキに近づくんは危険や。あ、でも成分的にポケモンには効果ないで。量によって変わるみたいやな。ポケモンまでおかしなってもうたら命がいくつあっても足りんわ⋯⋯」
そうか、薬のせいでヒビキくんはおかしくなっていたんだ。
グリーンが危険なことには変わりないのに、自分でも不思議なくらい胸に安堵が広がった。
「ヒビキがおったんはどこや?」
「シロガネ山です」
「シロガネ山か⋯⋯わいが行くには手続きで時間かかってまうな⋯⋯コトネは危ないからすぐ帰り! ワタルさんに頼んでみるわ」
「分かりました⋯⋯! 私に出来ることがあれば何でも言ってください!」
そう言ってポケギアを切った。バトルが強くても、私じゃヒビキくんを止められない。マサキさんとワタルさんに頼むしかない。──なんでだろう、嫌な予感がする。
コトネからの電話を切ったあと、マサキはすぐにワタルへ電話を掛けた。
「もしもしマサキやけど! グリーンくんの命が危ないんや! すぐにシロガネ山へ向かってくれ! 多分どっかに自力で避難してるはずや!」
「なんだって!? 分かりました。保護でき次第すぐに連絡します。誰かに狙われているんですか?」
「一人はヒビキや。後は分からん」
「ヒビキく──え?」
「ほな頼んだで!」ピッ
これで出来ることはやり尽くした。後はグリーンの無事を祈るばかりだ。マサキはふう、と息を吐いて椅子に腰掛けた。
「これで一安心やな。──あれ? なんか伝え忘れとるような⋯⋯」
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