第1話:始まり編
その日、俺はトキワのジムリーダーの仕事をさぼってマサキの家へ遊びに来ていた。ジョウトの実家ではなく、カントーでマサキが一人暮らししている研究所を兼ねた家だ。よく分からないガラクタのような機械の他、最近はポケモン学を応用した実験にハマっているようで、趣味で調合したという薬品もいくつか並んでいる。
マサキとは祖父繋がりで小さい頃からの付き合いだった。彼の明るい性格も合わさって、血は繋がっていないが俺にとっては兄のような存在だ。
世間話からポケモンのコアな話まで、お互い結構喋る方だから、途切れることなく会話が続いていく。
そして俺は、研究所の棚に見覚えのないビーカーがあることに気が付いた。
マサキが話題に上っていたポケモンの写真を見せようと机を漁っているのを横目に、なんだろうと思いつつその棚に近づく。ラベルも張っていないそれは薄桃色に染まっており、ビーカーにラップをかけただけという、実に雑なしまわれ方をしていた。
「なあマサキこれなんだ?」
「あ!! それは触ったらあかん!!」
「えっ」
ばしゃん!
棚から取り出しながら聞いたら急に大声を出されたので、驚いて手が滑り薄桃色の何かを思い切り被ってしまった。ビーカーが完全に落ちる前に受け止めたので全部はこぼれなかったが、半分以上は無くなってしまった。
謝ろうと後ろを振り返ると、マサキはガスマスクを身に着けていた。え、なんで、これやばいやつなのか? そう思い慌てたものの今のところ身体に異常は見られない。
「グリーンくん、落ち着いて聞いてくれるか」
「ま、マサキ──?」
「今グリーンくんが被った薬品はな」
こわばったマサキの声に、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「強力なメロメロ薬や」
「⋯⋯⋯⋯はああああ?」
何を言ってるんだ。というか、何でそんなもの作ってるんだ!
「いや、ポケモンに懐かれへん友人のトレーナーに泣きつかれてな! メロメロ攻撃研究して、ちょっとだけポケモンと仲良うできるような薬を作ろうとしてんけど。それは手元狂って超強力になってしもた失敗作やねん。強すぎて逆にポケモンには効かんけど、人間には効いてまう⋯⋯まだ試しとらんけど⋯⋯」
「マジかよ。なんで捨てないでこんな棚に置いてるんだよ! しかもこんな雑に!」
「あとで上手いこと薄めて沢山増やそうと思ってん⋯⋯ちゃんと瓶に移そ思たらグリーンくん来てくれたから一旦そこに置いとってん⋯⋯堪忍な⋯⋯」
ガスマスク越しからも分かるくらいにマサキはしゅん、と落ち込んでいた。
「でも近づいて匂いを嗅がんかぎりは大丈夫や。今中和剤つくるさかい、ちょお待っといてくれる?」
「──近づいて匂い嗅いだやつは俺に惚れるってこと?」
「まあ一過性やけどな。一過性で即効性。危険やから絶対ここから離れたらあかんで! 絶対やからな!! フリちゃうで!」
そういってマサキは部屋の奥へと消えていった。
どんな相手でも俺に惚れてしまう? 一過性で即効性? そんな──
面白そうなもの、試さなくてどうする!
俺はマサキの忠告を無視して犠牲者となる知り合いを探しに研究所を後にした。
それに全く気付いていないマサキは奥からグリーンに向かって声をかける。
「ええか、グリーンくん。その薬が強力言うんはな、即効性言うんもあるけど、脳への刺激が強すぎて、もう何するんか分からんくらい惚れてまうってことやねん。もしわいが嗅いでもうてたら今頃変な実験に使われとったかもな! マッドサイエンティストや! あっはっは。──グリーンくん? 聞いとる? 冗談やって! それくらい危険なんやって!」
独り言になっていることに気がついたのはもう暫く経った後であった。
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