こいごころ
グリーンの最後の一撃に目の前のトレーナーは膝を付き、とぼとぼと帰っていった。
サンダースをボールに戻したグリーンに僕は声を掛ける。
「大したことなかったね」
「──そうだな」
「物足りない?」
「少し」
つまらなそうにしているグリーンの肩に手を置いて、耳元に口を寄せた。
「じゃあ、もっと刺激的なことしよう?」
グリーンはちらりとこちらを見てから、目を伏せて小さく頷いた。
合意を確認した僕は彼の手を引いて、ポケモンもトレーナーも来ない小さな洞窟に移動する。
焚火(たきび)を点けてから、グリーンのコートを脱がして地面に敷いた。彼のペンダントはそのままに、上のシャツを脱がしてその辺に放る。グリーンはされるがままだ。コートの上に寝かせれば、身体のおうとつの影が焚火で揺らめいて艶めかしい。外気に晒されて寒いのか、彼の身体がカタカタと震えた。
「すぐ暖かくなるよ」
***
寒さのせいか既に固くなっている赤い蕾を舌で嬲(なぶ)ると、それだけでびくびくと反応した。
「⋯⋯んっ、」
頬を赤く染め上げて、気持ちよさそうに目を瞑って感じる姿はまるで女の子みたいだ。僕がそうさせた。僕がそういう躰にした。優越感に僕の熱も上がっていく。
ベルトを外して全部脱がせて、手に唾液を絡ませて後ろをほぐしつつ中心を扱いてやると、どんどん息が乱れていった。
「はぁ、は⋯⋯、ん、ぁ」
胸を上下させて完全にできあがった彼を確認して、僕も服を脱いで自分のベルトを外す。すでに少し反応しているそれを解放して、グリーンの腕を引っ張って起こした。
「舐めて」
グリーンは僕の前にうずくまって、口に含んで舌で舐め上げながら必死に顔を動かしていく。その姿だけでもぞくぞくと快感が這い上がってくる。
──グリーンって、こんなに従順なヤツだっけ?
「ん、れっど、きもちいい?」
「──っ、うん」
少しだけ口を離して、不安げに見上げてそう問う姿はまるでご機嫌取りだ。
──グリーンってもっと、自分勝手で生意気なヤツじゃなかったっけ?
頭を撫でるとまた一生懸命奉仕を開始した。彼の吐息が熱くて、日に日に上達する動きに僕の息も乱れていく。暫くしてから「もういいよ」と頭を掴んで離し、少し強めに肩を押せば簡単にグリーンは仰向けに倒れた。僕は彼の足の間に入り込み両膝を持ち上げた。
入り口を僕の固くなったもので軽く擦れば、膝を[[rb:僅 > わず]]かに跳ねさせてゴクリと喉を上下させる。
「欲しい? ⋯⋯男のくせに、僕に突っ込まれたい?」
「う⋯⋯」
「やっぱりいらない? "ひとり"でする?」
「っや、欲しい、レッドの、欲し⋯⋯っ」
──グリーンって、もっと自尊心の強いヤツじゃなかった?
***
「あっ、や、レッド、レッドぉ⋯⋯! なっ名前っ! なまえ、よっ、よん⋯⋯!」
「⋯⋯グリーン」
「ぅあっ⋯⋯!」
名前を呼んでほしいと云うから呼んでみれば、きゅ、と中が締まる。可愛い。
「⋯⋯っグリーン、あいしてる」
「は、んぁっ、お、れも、あい、あっ、あいし──っ! て、⋯⋯ん、ぁ」
達して苦しそうに息を吐くグリーンを休ませる気もない僕は、挿入したまま彼の身体を起こして座る。力の入らないグリーンは僕の胸にへなりと身体を預け肩に頭を乗せた。僕はその白くて痩せた肩に思い切り噛み付く。
「っ、ぐぁ⋯⋯!」
強い力で僕の背中に爪を立てて痛みに耐えるグリーンの背中を撫でながら、噛み跡を念入りに舐めていく。それだけで彼の中心はまた熱を持っていった。
「ひっ、あ、ん、レッドぉ⋯⋯」
快楽に涙を零すグリーンにはもう、子どもの頃の面影はない。
誇りも、プライドも、僕に対する対抗心も強がりも一切ない。
僕が望んだ結末って、こんなのだっけ?
──そうだよ。
焚火の方で何かが揺らめいた気がして、ふとそちらに視線をやると、幼い頃の自分がいた。
純粋さと残酷さを湛えた子どもが哂っている。
──これが僕の望んだ未来だ。
そうだっけ。
そうかも。
うん、そうだった。
──僕はいま幸せでしょ?
幸せかな。確かに幸せではある。
グリーンがかつて博士に向けていた怯えも不安も、それ以外の全ての感情だって僕に向いているんだから。自分に向けて欲しいと思っていたはずだ。
そうだろうか。
負の表情は誰かに助けを求めている合図だ。僕はもしかしたら、そんな表情が見たかったのは、彼をそこから救える存在になりたかったんじゃないか。
僕はグリーンの肩を軽く掴んで少しだけ身体を離して、動きも止めて、目を合わせようとした。涙でぐちゃぐちゃで、口から垂れる唾液もそのままで、[[rb:蕩 > とろ]]けた顔をしているグリーンとは中々目が合わない。しかも焦れたように自分で腰を動かし始めてしまったので、もう視線を合わせるのは難しそうだ。
「グリーン」
「あっ、れ、レッド、もっと、もっとくれよ⋯⋯っ、まだ、全然、足りな⋯⋯」
「しあわせ?」
「──うん」
結局グリーンと目が合うことはなかった。
まあいいか。きっとこれでいい。何もかもが理想通りの未来なんて、そうそう無いんだから。でも、もしかして、グリーンはもう⋯⋯
──それでも幸せならいいじゃないか。
一瞬大きく燃え上がった炎に包まれて、子どもの僕は消えていった。
***
散々抱かれて、たまに迷い込んだトレーナーとバトルして、また抱かれる。そんなことの繰り返し。爛れた毎日。
レッドの気が済むまで抱かれた後、いつものように焚火の隣で二人で眠る。パチパチと鳴る音が耳に心地良い。
レッドに抱かれている間は心と身体が乖離しているようで、快楽に溺れながらもどこか他人ごとになり、自分の身体なのに遠くから見つめているような気分になる。
そんなオレを知ってか知らずか、レッドは隣で寝息を立てて静かに眠っている。
手を上に伸ばせば、大きな影が洞窟の天井に現れた。
その影が揺らめいた気がして目を凝らすと、この間バトルした、黒と黃の帽子を被った少年が見えた。
── 正直、⋯⋯⋯⋯の中で一番楽しかったよ
楽しかった? 何の中で?
バトルって楽しいものだっけ? そりゃ、勝てば楽しいだろうけど。自分の力を誇示できて、優越感に満たされて、楽しいだろうよ。でも負ければ何も無くなるんだ。勝者か敗者か、それを決めるバトルが楽しい? オレは、レッドが他のやつに興味を持ってオレを捨てたりしないように、レッド以外のやつには全員勝たなきゃって、苦しいよ。
──負けた!
──レッドとかいう奴に負けた! でも! 絶対次は勝つ!!
圧倒的な差を見せつけられて、どうしてそんなことが云える?
一体何がお前の背中を押すんだ? レッドに勝てるトレーナーなんていないのに。
──だから、それまでにトキワの⋯⋯⋯⋯も強くなっとけよ!
オレはトキワの何だっけ?
揺らめいて消えて、次に現れたのは赤髪の男。
──トキワジムのリーダーにならないか?
なんでオレが。
オレはこんなに弱いのに。
レッドがいないと生きていけないくらいに、弱い人間なのに。
──君ならカントーで最強のジムリーダーになれるよ
成ったとして、成れたとして、それがどうしたっていうんだ。何の意味があるんだ。そこには誰も居ないじゃないか。
──成長を続けるか、尻尾巻いて全てから逃げ出すか。君が決めるといい
オレは結局どうしたんだっけ?
また揺らめいて、また誰かが現れる。今度はオレもよく知っている人物──十一歳の頃の自分だ。腕を組んで口を尖らせている。
──あーあ、毎日同じことの繰り返し! オレの人生ってくそつまんねーな。
変化は恐ろしいだけだ。変わらない日々が、心の安寧に繋がるんだよ。オレはもう辛い思いをしたくないんだ。
──確かにオレってさ、子どもにしては結構しんどい思いしたよな。両親はいないし、じいさんはオレを見てくれないし、大事に育てたポケモンは死んじゃうし、世界最強の座も一瞬だけだ。まあ、世の中探せばもっと辛い思いしてるヤツは沢山いるんだろうけど。
そうだよ。だからこれでいいんだよ。
──でもさ、初めてポケモン捕まえた時、どんな気分だったっけ? 初めて自分のポケモンが進化した時、どんな気持ちだった? レッドと喋ったり戦ったりするのってどうだった? 色んなやつと出会ったよな。時々ねえちゃんから心配と励ましの手紙が届いたりしてさ。オレの旅って、そんなに苦しいことばかりだったかなぁ?
⋯⋯⋯⋯。
──なあ、最後にワタルって何て云ってたっけ?
最後? 最後っていつだ。
オレの最後は、そう、そうだ、ジムリーダーじゃなくなったあの瞬間。オレをその場所へ引き連れたのも、引導を渡したのも、ワタルだった。そんなワタルが最後に云っていた言葉。
世界は君が思っているほど狭くはないんだ
世界。
そうだ。オレにとってカントーが全てだった。でも違った。オレは、ジョウトの人間に、レッド以外のトレーナーで初めて負けたんだ。負けたのに何故だか清々しい気分だった。それはオレが、あいつの勢いに引っ張られて純粋にバトルだけに集中できたからだ。
不安も焦りもプレッシャーも何もない、ただ相手とポケモンと通じ合うバトル。止まった世界を裂くように無理やり割って入ってきた少年。それがゴールドだった。
ゴールドだけじゃない、海を渡ればもっと沢山のトレーナーがいて、街があって、生き方がある。もしかしたら見たことのないポケモンもいるかもしれない。
──そういうの、わくわくしないか? オレが強いやつと戦いたくなる理由、思い出せた?
──な、オレって本当は、レッドのことどう思ってんの? レッドとどうしたい? いっぱい我慢したんだから、そろそろ素直になってもいいと思うぜ。
そう云って、十一歳のオレは笑って消えた。
なんだか無性に泣きたくなった。
認められたい。
独りがこわい。
強くならなきゃ。
そんな息ができなくなるような感情をひとつひとつ取り除けばそこに残るのは。
楽しかった思い出には必ずレッドがいる。
苦しかった思い出にも必ずレッドがいる。
本当に孤独だったのは誰だ?
月明かりの下で、淋しげに笑っていたのは。
──君は、僕のことライバルだって言うくせに、博士ばっかり気にする。
ああ、こんなに溢れていたじゃないか。オレが欲しかったものは。
それなのにオレは全然気づかなくて、じいさんのことばっか見てて、自分で自分を傷つけていた。レッドはずっと傍にいてくれたのに。
隣を見ると、相変わらずレッドは静かに眠っていた。オレの手を握り続けて。
好きだ。レッドが好きだ。オレはレッドが好きなんだ。
愛してる、なんて言葉より、好きって言葉の方が、子どもっぽくてオレ達にはお似合いだ。
***
朝起きるとグリーンの姿が無かった。まさか僕を置いてどこかへ消えてしまうなんてことは無いはずだが、それでも少し不安になって早足で洞窟の外へ出る。
空の眩しさに目を細めた瞬間、何故か顔面に雪の塊が飛んできた。咄嗟とっさ]]に避けることもできずにそれを喰らい、勢いで後ろに倒れ込む。
突然の出来事に頭が真っ白になった。
「ふっ、はは、あはははは! 間抜けヅラ!」
上半身を起こすとグリーンが心底可笑しいというように笑っていた。泣きながら、笑っていた。涙を腕で拭って僕に手を差し伸べる。僕はまだ混乱が治まらなくて、その手を取れない。
「レッド、旅に出ようぜ」
「──なんで」
グリーンは僕に手を差し伸べたままだ。
「なあ、レッド。お前の旅ってどんなんだった? 初めてポケモン捕まえた時どんな気分だった? 初めて自分のポケモンが進化した時どんな気持ちだった? オレはさ、そういうの全部、お前と共有したいよ」
「だから、オレと旅に出よう。レッド」
世界がそんなに広いとは思えなかった。子どものように新しいものに出会って目を輝かせるような事があるとは思えなかった。頂点に昇り詰めた先には何もない。それは頂点に立った僕が気づいてしまったことだ。それならグリーンとずっと一緒にここにいる方が良い。──でも。
彼の瞳があんまりに純粋だったから。ほとんど無意識のうちに頷いて、差し出された手を取って立ち上がっていた。
「ん、決まりだな。とりあえず近場のジョウト巡ってみるか? 思い切り遠くに行ってみてもいいけどな!」
グリーンが手を広げれば、何も無い世界も一気に華やかになる。雲の隙間から差し込む太陽に照らされて、瞳がきらきらと輝いている。
僕がそれに見惚れて放心していると、グリーンは少し気まずそうに頬を掻いた。
「あのさ、オレ⋯⋯お前しかいないからじゃなくて、何も無いからじゃなくて、ちゃんと、お前だから一緒に居たいって思う。今までちゃんと云ったこと無かったけど、というより、オレがよく分かってなかったからなんだけど、聞いてくれ。オレ──」
レッドが好きだ。
はにかみながら笑うグリーンに、僕は心臓がドキドキとした。彼の辛い表情を見た時の気持ちとは違っていた。ずっと自覚していたはずなのに、今初めて君に恋をした気がする。
なんだか無性に泣きたくなった。
「僕も、好き」
きっと、君の笑顔が何よりも。
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