みずたまりに溶けた夜
電気が消され、ベッドの傍に置いてあったランプだけが部屋をぼんやりと照らす。
レッドの上着を下に敷いたまま、オレは枕に頭が来るように横にさせられた。その上をレッドが跨がり、見下ろしてくる。仄かな灯りが創り出す非日常的な艶めいた空間に、思わず息を呑んだ。
シャツのボタンが下から一つずつ外されていく。レッドの手が近づくたびに鼓動の速さが増していって、全身の熱が目元に集まっていくようだった。
「期待してる?」
「別に⋯⋯っ」
首元のボタンを外すと同時に、耳元でそんなことを囁かれた。掠めた息にぞわりと鳥肌がたつ。
さっきは勢いで受け止めるとか言ってしまったが、正直オレは怖気づいていた。許されない、とんでもないことを今からしようとしているんじゃないかと。付き合いの長い幼馴染相手に、こんな。シャツを広げて腹に触れようとしたレッドの腕を、咄嗟に抑える。
「なぁレッド⋯⋯やっぱさ、こういうのって、よくねーんじゃないかな⋯⋯」
「そう?」
何を今更、とでも言いたげにレッドは首を傾げた。そしてもう片方の手でまた触れようとしてきたので急いで止める。
「いや、そもそも、おまえとこんな、い、一線超えんのは抵抗あるっつーか」
「グリーン──」
やっぱり気持ち悪い? レッドが哀しそうな目で聞いてくるものだから、そんなんじゃねぇけど、と慌てて否定した。いつもマイペースで淡々としていたはずのレッドにそんな顔をされると調子が狂う。そう、調子が狂うんだ。
レッドはオレの背中に腕を潜り込ませて上半身を起こさせ、抱きしめてきた。
「君が嫌ならしない。優しさにつけこんでまで、怖い思いはさせたくない」
そういうレッドの声は苦しそうで、向けられる瞳は情欲と哀しみで濡れていて。そんな相手を突き放せるほどオレは非情にはなれなかった。
「別に怖くねぇし⋯⋯分かった。受け止めてやるって言ったもんな。男に二言はねぇよ」
そう強がるとレッドは小さく笑った。
***
わき腹を撫で上げられて、びくりと反応してしまう。そんな姿をライバルのこいつに見られているという事実が、身体の熱を上げていく。
「グリーンって昔からくすぐったがりだったよね」
「───っ、おまえはどこくすぐっても無反応なクソつまんねーやつだったな」
「くすぐったいって感覚よく解んなくてさ。グリーンが下手なんだと思ってたけど」
「オレは泣く子も笑わせる天才だっつの⋯⋯うぁっ」
首に息を吐きながら、レッドはするすると腹から胸へと触れていく。
「ね、どんな感覚? くすぐったい? それとも───」
「きくなよ⋯⋯! んっ」
睨み上げるとキスされた。くち開けて、というレッドに反抗して食いしばっていると鼻をつままれ、酸素を求めて口を開いてしまう。その隙に侵入してきたレッドの舌が、歯茎をなぞってから奥へ奥へと荒らしていく。
「ふっ⋯⋯んぁ、ちょ⋯⋯まっ」
角度を変えて休むことなく続けられるその行為に息が苦しくなってきて、背中をばんばん叩くとようやく解放された。気持ち悪いのか気持ち良いのかも分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ必死に息を整える。されるがままなのが悔しい。やり返してやりたいが、未だにこの行為に抵抗があるせいで、何もできない。
カチャリという音が聞こえたと思うと、外されたベルトが抜かれ、床に放られる。
お気に入りだったカーゴパンツを雑に脱がされると、いよいよだという気がして、なかなか荒くなった息が治まってくれない。
レッドがオレの片足を持ち上げて、足枷のせいで擦れて赤くなっていた部分を舐めた。
「ひゃっ! てめっ⋯⋯!」
「痕になってるね、ここ。痛そう」
「誰のせいだと⋯⋯! あっ舐めんな⋯⋯っ」
はぁ、と熱のこもった息を吐いた後、レッドはオレの片足を肩に担いで、膝から太ももと通りながら、既に主張しているオレのそこに手を近づけていく。
「れ、れっど⋯⋯! まじで、やんの⋯⋯っ?」
出来るだけそれを視界から外して、喘ぎ喘ぎそう尋ねたオレを無視して、レッドはそれを布越しに緩く掴んだ。
「ま、待てっ⋯⋯待て待て! む、ムリっ⋯⋯」
「嫌?」
掴んだまま、優しくそう聞かれて、小さな刺激がもどかしくて、プライドとかそんなものが何もかもどうでもよくなっていく。
「⋯⋯⋯⋯っ」
「嫌ならやめる」
「や、じゃないっ⋯⋯から! するなら、は、早くしろよ⋯⋯!」
「うん」
とうとうパンツまで脱がされ、硬くなったものが解放された。レッドは少し何かを考える素振りをしたあと、一旦オレの足を下ろして、自らの服も脱いでいった。
レッドのそれももう硬くなっていたのを笑ってやると、すぐにオレのものとすり合わせて手でしごき上げ始めた。唐突な刺激に声が出ないように唇を噛む。
「ん⋯⋯んんっ⋯⋯」
「はっ⋯⋯声、我慢しなくていいのに」
「⋯⋯っ」
声を抑えたまま互いに果てる。強情、とレッドは不満そうにしていた。
「オレが、喘いだって、気持ち悪いだけ、だろ⋯⋯」
「気持ち悪かったら最初からこんなことしない」
そうだろうけど。
本当にどうして、人生を交換しただけでここまで壊れちまったんだろうな。
***
グリーンが熱に浮かされた目で僕を見つめている。
きっと僕への恋とか愛とかそういう感情は一切ない。同情で抱かれるような最低な奴。それでもいい。こんな風に少し憐みを誘っただけで、一緒に堕ちてくれるなら。繋ぎとめられるなら、君の気持ちなんてどうでもいい。
ああでも本当は、少しくらい好きでいてくれたらなんて。
「れ、れっど⋯⋯」
「無理そうだったら途中でやめる」
取ってきたローションを少しずつ後ろに塗り込みながら、少しでも不安が紛れるようにキスをする。彼のこんな姿を知っているのは僕だけだという事実で、優越感に満たされる。
当たり前だけど、僕だってこういう行為をするのは初めてだ。
一ヶ月前、彼に睡眠薬を飲ませて眠らせた時、グリーンの身体が傾いて僕の胸に収まった時、初めて彼への恋情を自覚した。僕の元へ帰ってきたんだと暖かいものが胸に広がって、執着から欲情が生まれた。
鎖で繋いで閉じ込められた彼が、それでも昔と変わらず接してくれるたびに想いが溢れていった。
同性同士の行為の仕方をなんとか勉強して、夢の中で彼を汚していく日々を過ごして。今、夢の中よりも従順な僕の下にいる現実の彼を、気持ちよくしてやりたい。
──気持ちよくなって、ぐちゃぐちゃになって、そのまま壊れてしまえばいい。
そんなことを考える自分がいる。
「んぁっ!?」
中を探っていると硬いものに当たり、突然グリーンが驚いたように声をあげた。前立腺と呼ばれるものを掠めたようだ。見つけ出せてよかった。手で口を押さえて混乱する彼をよそに、その場所を何度も擦っていく。
「まっ、やだ、そこっやめろっ⋯⋯! んん⋯⋯⋯⋯」
制止の声が嬌声に変わるのを抑えるように、また彼は唇を噛みしめる。目に浮かんだ涙を優しく拭ってから、口を押さえる手をどけて、無理やり噛みしめた唇をこじ開けた。
「んぐっ、ふあっ、あっあっ、れっ⋯⋯はぁ、ぅあっ」
一度出してしまえば止まらない声に抗うように首を振る。
今この時だけは絶対に彼はどこにもいかない。僕の手で乱れておかしくなっていく姿がたまらない。このまま時間が止まってくれればいいのに。それが叶うならなんだって犠牲にできるのに。
指が三本入った頃に、そろそろ大丈夫だろうかと一旦引き抜くと、胸を上下させて息を乱していたグリーンが、ふと僕の頬へ手を伸ばした。
「⋯⋯なんで、泣いてんの?」
泣いてる? 誰が。───僕が?
「君が好きだから」
「わけ、わかんね⋯⋯」
僕だって解らない。君の背中に広がる赤い色が、どうしてこんなに不安にさせるのか。
「レッド」
「何?」
「大丈夫、だって。⋯⋯全部、上手くいくからさ」
「⋯⋯⋯⋯」
「レッド」
「⋯⋯⋯⋯なに」
「──好きだ」
嘘だ。
嘘だ。嘘つき。そう云えば僕が救われると思って。己の罪悪感を薄めるために。それでもいい。嘘でもいい。違う。いやだ。僕に執着していたのは君だったじゃないか。
たまらなくなって、自分のものを彼の解かされたそこに挿れて、突き上げた。にじんでいく彼の姿が、そのまま溶けて消えてしまいそうで、少しでも存在を確かめたくて身体を密着させる。
苦しそうなうめき声が聞こてくる。でも。
───君が悪い。
あの日先にいってしまった君が悪い。
大切なものは壊してでもそばに置いておかないと。
君の救済は僕を裏切ることだろう?
君がいないと世界はあんなにも残酷で、
夢に見るみずたまりの色が僕を追い詰めるから、
小さな願い事もすり抜けて叶わない。
ありふれた日なんて、もう戻らないのに。
うわ言のように好きだと嘯く彼を何度も抱いたあと、眠りについた僕はその日いつもと違う夢を見た。セピア色の世界で、幼いグリーンが、木の枝を掲げながら僕の手を引いて笑っている。
きっと世界中にありふれているはずのその風景は、ただあどけなくて、幸せに満ちていて───どこか虚しかった。
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