縁が切れたら会いましょう
【注】ヒビキくんが最低でレとグが可哀想
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後輩のヒビキに告白をした。好きになったから。何となく、相手もこちらに気を持っている気がしたから。関係が壊れる恐怖よりも想いを伝えたい欲求が勝ったから告白したのに、目の前の少年は予想外の言葉を口にした。
「本当に僕のこと好きなら、レッドさんと縁を切ってください」
「なんでレッドが出てくんだよ」
「そりゃあんたが一番仲良い相手だから」
「あいつとはそういうんじゃねぇ」
「やっぱり、僕はレッドさんの代わりなんだ」
「違う!!」
「口ではなんとでも言えますよね。いいんですよ、レッドさんの方が大切ならそれで。でも告白してきた男相手にこれまで通りなんて、僕は無理なんで。二度と僕の前に現れないでくださいね。じゃ」
そう言って去ろうとしたヒビキを慌てて止める。
「ま、待てよ⋯⋯レッドと縁切れば、受け入れてくれるのか?」
「そういってるじゃないですか」
「──分かった。分かったよ。切ればいいんだろ」
絞り出すように告げるとヒビキはにっこりと笑った。
「じゃあ、レッドさんにライバルも友達もやめるって言いに行って、僕の目の前でポケギアの番号を削除してください」
「わ、かった。一週間待ってくれ。あいつ、たまにどこ探してもいないときあるし、俺も忙しいからさ。全部終わったらお前に連絡する。んで、番号を──削除する。それでいいだろ」
シロガネ山を、ドサイドンのロッククライムで登っていく。レッドとは小さい頃からの付き合いだ。同じ年齢で、背丈で、実力を持つ幼馴染に、俺はよく張り合っていた。自他共に認めるライバルで、それは今も変わらなかった。そんな簡単に切れるような関係じゃない。
でも、好きになってしまったヒビキが、切れというから。切ればずっと傍にいてくれると約束したから。
これから俺の、友達で、ライバルで、恋人はヒビキになる。レッドとは赤の他人になる。
もうすぐで頂上に辿りつきそうだ。
頂上に、レッドが居なければいい。問題を先延ばしにするだけだと解ってはいるが、そんな淡い期待を抱いてしまう。
でも、世の中っていうのは、そんなに都合よくはできていない。
白い雪景色にただずんでいる赤い男。いつものようにぼうっと景色を眺めていた。
「よぉレッド、とりあえずバトルしようぜ」
笑ってそう話しかけると、レッドは振り向いて、瞳に闘志を燃やして応えた。
そして俺は負けた。
「──結局お前には勝てなかったな」
「次は解らないよ」
自虐めいて呟くと、本当にそう思っているのかフォローなのか判別のつかない返しをされた。次なんてないのに。
「俺、お前のライバルやめる」
息をのむ音が聞こえた。どうしてもレッドの顔が見れなかったので、どんな表情をしているかは解らない。ただ、俺は負けたからと言ってこんな拗ね方はしないってことは、レッドはよく知っているだろう。冗談でも負け惜しみでもないことは伝わっているはずだ。
「他に競ってて楽しい奴見つけたんだよね。お前は無口でつまんねぇし、全然勝てねぇし、面白くねぇ。だからもう、お前とは、ライバルでも幼馴染でもねぇ。縁切りだ。俺の知らないところで勝手に暮らしてろよ」
ばっさりと、切らないと。少しでも本心を見せてしまえば、揺れてしまえばまた繋がってしまうほどに、こいつとの縁は強かった。どんなに傷つけることになろうとも、俺はもうヒビキを選んだんだ。
「僕が嫌いになった?」
思いのほかレッドの声は、震えも動揺もしていなかった。はっきりとした声で、俺にそう問いかけた。
「──そうだよ」
「嘘だ」
「な、なんで」
即答でそう断じてきたので、思わず顔を向けると、意外と近くにあったレッドの顔にこちらが動揺するはめになる。
「さっきから目を合わせないし、教えてあげないけど嘘ついてるときの癖が出てる」
「──! お前って本当やっかいだな」
誤魔化そうにもレッドの目は確信を持っているので、どんな言い訳をしても無意味だろう。嘆息した。
「何かあった?」
「──俺の、大切な人が、おまえと縁切ってほしいって、言うから」
「僕と縁を切ってでも一緒にいたい人なんだ」
冷たい風が頬を撫でた。
今日はよく晴れているが、それでもシロガネ山は、一層寒い。
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