船のチケット

「マサキー!! 来てやったぜ!!」


ハナダの岬にあるマサキの家に突然現れた小さな来訪者は、小さい頃からよく遊んであげていたオーキド博士の孫、グリーンだった。


「グリーンくん! え、一人? 家出したん!?」


野生のポケモンが危険なため、家に遊びに来る時は姉か博士が絶対に付き添っていた。だが今目の前にいるグリーンはどう見ても一人だ。マサキは慌てた。


「ちげーよ! 一人で外に出てもいい年齢になったから、じいさんからポケモンもらって旅してんの! ジムも制覇していってるんだぜ。ほら、もう二つも集めたんだ」

そう胸を張りながらグレーバッジとブルーバッジを見せてくれた。


「やるやん。そーか、もう旅に出れる年になったんやなぁ」

月日が経つんは早いなぁと、年寄りめいたことを考える。


図鑑を埋めたいから珍しいポケモンたくさん見せてくれ、とせがまれたので、秘蔵のポケモンコレクションを見せてやる。図鑑を埋めるには一度ポケモンを手に入れなければならないようなので、一時的に交換をしながら。


グリーンが散々はしゃいで満足したあとに、コップにジュースを入れてやりながら、旅の話を聞くことにした。


「最初に捕まえたポケモンなんやった?」

「ポッポ! 最近ピジョンに進化したんだぜ!」


ジュースをぐいっと飲んだグリーンはボールからピジョンを出した。ピジョンは得意げに胸を張っている。


「ほー! かっこええやん! ほんなら次はピジョットやな」

「ピジョット?」

「せや。ピジョットになると頭の羽が長くなって綺麗やで~。しかもマッハ2で空飛び回れるようになんねん」

「へえー! すごいなお前!」

グリーンがぽんぽん叩くとピジョンはふんすと鼻を鳴らした。


マサキは感慨に耽っていた。あの小さかったグリーンが旅に出れるまでに成長して、自分でポケモンを捕まえて、進化までさせている。何かお祝いできひんかな、と考えた。


──せや、豪華客船のチケット譲ったろ。わいはパーティとか興味あらへんけど、強いトレーナーぎょうさんおるしグリーンくんは喜んでくれるやろ。


そう思って引き出しをちら、と見たところで窓をトントンと叩く音がした。近づいて窓を開けるとポッポが「グリーンへ」と書かれた手紙を口に咥えていた。


「よぉグリーンくんここにおるって分かったなぁ。おおきに」

そう言うとポッポは満足そうにしてまた飛び立っていった。


「なに? オレあて?」

「オーキド博士からやって」

手紙を渡すとグリーンはすぐに破り中身を確認した。


「⋯⋯マジかよ」

「なんて言うとるん?」

「船のチケット渡すから自分の代わりに行ってくれってさ。たく、人使いが荒いじいさんだぜ!」


文句を垂れつつも頼られて嬉しかったのか、グリーンは顔をほころばせている。先越されてもうたな、と残念に思ってると、グリーンの表情が少し曇った。


「どないしたん?」

「いや、幼馴染のレッドのやつも旅してるんだけどさ、あいつも一緒にこの船乗れたら──豪華客船であたふたする姿をからかってやれたのになーって思っただけ!」

「仲ええんやなぁ」


ならば船のチケットはその子に渡そうかと考えていると、仲がいいという言葉にグリーンが反応した。


「あいつとはそんな生ぬるい関係じゃないぜ! なんせオレが唯一認めたライバルだからな!」


笑顔でそう宣言するので、心の中でもう一度、仲ええやんと呟いて、そっかそっかと頭をわしわし撫でる。


「なら絶対負けられへんな!」

「⋯⋯ん、そういう訳で、レッドには珍しいポケモンとか見せんなよ!」

せやなぁ、と取り敢えずどっちつかずな返事をしておいた。


「なあ、せっかくやし、開発中の転送マシン見てみぃひん? 今なら特別に見せたんで!」

「転送マシン?」

「ポケモンを遠くまで運べるようになる機械や。電話が声を電気に変えて遠くまで運ぶみたいに、ポケモンも遠くまで運べるようになるんちゃうかと思うてな。今いろいろと実験しとんねん」

「見る見る!!」


誤魔化しついでに言ってみると、目を輝かして食いついたので、マサキは張り切って説明しようとマシンの扉を開けた。グリーンがマサキの後ろから覗き込む。


「えっとな、まずこっちにポケモン入れるやろ?」

適当に選んだニドリーノをマシンの中に入らせる。続いてもうひとつのマシンの扉を開ける。

「ボタン押せばここの部分が──」

順番に説明しようとするとグリーンはハッと弾けるように顔を上げた。

「──レッドの気配!!」

そしてマサキを勢いで突き飛ばし入り口へ走った。


「うわぁ!?」

「ごめんマサキ! ちょっと急用できちまったから、また今度見せてくれよ! じゃな! バイビー!」


グリーンは振り返らずにそう言って扉から走り去っていく。

よろめいたマサキはそのまま転送マシンの中に転がり、マシンの扉がバタン! と閉まった。

さぁぁと、血の気が引いていく。扉をバンバン叩くも開く様子はない。マシンが起動する音が聞こえてきた。


「ちょ、ぐ、グリーンくん!? お願いやから戻ってきて!! ここ開けたってー!!」


マサキの悲痛な叫び声がグリーンに届くことはなかった。



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