01-人生交換
「また僕の勝ちだね、グリーン」
「勝負ってのは最後まで分からないもんだぜ、レッド」
風の強い日だった。
そんな日にオレはシロガネ山の頂上にいた。
面白い戦術を思いついたから、ポケモンたちと特訓をして、レッドに勝負を挑んでいたのだ。だが正直なところ、お世辞にも接戦とは言い難かった。
オレの手もちは残り一匹なのにレッドの手もちにはまだ余裕がある。それでもこいつとのバトルを少しでも長く楽しみたくて、何とか必死に抗っていた。
そんな、オレにとってはごくごく日常の、ありふれた日だったはずだ。
「カメックス、ふぶき!」
レッドの攻撃により、グリーンのピジョットが飛ばされる。バトルはこれで終わりだ。飛ばされたピジョットを受け止めようとオレは走った。深く考えずに。ピジョットだけを見て。
頂上には崖がある。雪は境界を曖昧にする。
──解っていたはずだ。
なんとかピジョットを受け止めることができた。
ピジョットを受け止めて風に煽られるまま背中から雪へと倒れようとしたが、いつまで経っても地面がこない。
白で埋め尽くされた視界にちらちらとピジョットの鮮やかな筆毛がたなびいている。風が耳にうるさい。
「グリーン!!」
レッドが珍しく声を荒げて叫んでいた。
なんだおまえ、そんな声だせるのかよ。だったら普段からもっと声張れよな。オレがいなきゃ今頃おまえ、本当に声でなくなってるぞ。なぁ。
空が白い。
そんな呑気なことを考えていると、ふ、と意識が遠のいた。
***
「勝者、レッド!!」
大きな歓声に意識を引き上げられる。
目の前には幼馴染と祖父がいる。
ここはどこだ?
祖父がオレに向かって何かを言っている。
愛情がどうの、信頼がどうの。
レッドは少し哀しそうにこちらを見て、帽子で顔を伏せた。
呆然としてるうちに、祖父がレッドをどこかへ連れて行った。
目の前には傷ついたポケモンたちが、悔しそうに、哀しそうに、申し訳なさそうにオレを見上げている。
何が起こっている?
「やあ、残念だったね」
掛けられた声に振り返ると、現チャンピオンのワタルがいた。
「わたる──?」
「君もバトルのセンスはいいけど、どうしてレッド君に負けたのか、よく考えてみるといい」
「レッドに負けた──?」
「そうだ、君は負けた。今から彼がチャンピオンだ」
何を言ってるんだ。あいつはチャンピオンを辞退したじゃないか。
「チャンピオンはお前だろ」
そういうとワタルは、嫌味かなそれ、と苦笑した。
「君はこれからどうするんだい」
「どうするって──」
「決まってないなら、君にひとつ提案があるんだ」
ジムリーダーになってみないか。
そう言われてようやく気付いた。
一体どうしてこんなことになっているのか見当もつかないが、これは。
時間が巻き戻っている。
それも、チャンピオンになって最初のバトル、レッドとのバトルで敗れた直後に。どうせならもう少し前に戻ってくれりゃいいのに。そうしたら、今度は焦らずにじっくりとこいつらを育て上げて、チャンピオンになったレッドを、このオレが、敗ってやるのに。
旅に出て、いろんなポケモンが仲間になって、絶対にこいつらと頂点に立ってやるって誓って、必死に鍛えた。
四天王に勝って、チャンピオンになって、今までの努力を報わせることができたと思った。でも、喜んだのは束の間。その後にやってきた幼馴染でライバルのレッドに負けて、終わった。レッドが先にリーグに来ていれば、オレはチャンピオンになれていなかっただろう。
頂点だと思ったその景色は、偽りの景色だった。だから。
一緒に苦しんだり喜んだりしたこの仲間たちに、本物を見せてやりたい。
それに、オレはどうしてもレッドに勝ちたかった。
他の何にでも負けたことが無かったのに、ポケモンバトルだけは一度もレッドに勝てなかった。シロガネ山で見つけたレッドはさらに強くなっていて、表ではライバルだといいながら、こいつには一生勝てないんじゃないかと心のどこかで諦めがあった。そんな自分が嫌だった。もちろんジムリーダーになったことは後悔していない。だが一度でもいいからレッドに勝たないと、変われない。自信が持てない。ポケモンとの本当の絆も結べないような、そんな気がしてしまう。
なぁレッド。お前は山で何を見て、何を知って、何を得た?
──そうだ。お前の人生を、今度はオレが歩んでやろう。
「わりぃけど、オレはジムリーダーにはならないよ」
「そうか、残念だな。君のためになると思うのだけど」
僅か十一歳の少年たちがチャンピオンに登り詰め世間を大いに賑わせたこのニュースは数日後、その少年の一人であり世界有数の博士の孫が失踪した事件により塗り替えられることになる。
周りから懇願され、不在となったトキワジムのリーダーを務めることとなった少年は、ずっと失踪した幼馴染を探し続けているという。
それから三年後。
ジョウトとカントーを制覇した少年が今、シロガネ山に足を踏み入れようとしていた。
0コメント