02-待ってくれなかった君が悪い
「うう、さみぃ⋯⋯」
ぶる、と身震いしてウインディのお腹に埋もれる。今いる場所は洞窟の中だし、焚火もしているのだが。
シロガネ山に籠ってから三年経っても、未だにこの寒さには慣れない。
──レッドのやつ、よくこんなとこ半袖で過ごせたな。
そんなことですら負けた気分になって面白くない。
この山は強いポケモンが多い。迷い込んでくるトレーナーも強者ばかりだ。だがそうしてバトルに明け暮れているうちに、大体の相手は手ごたえもなく倒せるようになってしまった。強くなって嬉しいはずなのに、この虚無感はなんだろう。あいつもこんな気持ちだったんだろうか。
──ああでも、この前きたやつは面白かったな。
名前は確かヒビキとかいったか。久々に接戦で、それでもまだ余裕をもって勝てたのだが、あいつは次は絶対に勝ちますと、闘志を宿した目でそう宣言した。
ああいう目は好きだ。今度はきっと一筋縄じゃいかないだろう。そう考えるとわくわくした。強い奴と闘いたくなるのはもはや本能だ。
それでもまだ、オレはレッドに会えずにいる。
ポケモンと焚火で温まっていると、外からざくざくと足音が聞こえてきた。早速ヒビキが再戦に来たんだろうか。逸る胸を落ち着かせて、洞窟の外へと向かう。この山はあまりに孤独で、時々ひどく人肌が恋しくなる。
「よぉ、ヒビキか?」
一面の白い世界に立っていたのは。
「違う」
黒と黄ではなく、赤だった。
「──レッド」
血の気が引いた。久々の幼馴染との再会に凡そ似合わぬ冷えた感覚に眩暈がする。
黙ったまま立っているだけのレッドに、オレはどんどん追い詰められる。
「なんで、何しにきたんだよ」
ああ、違う。こいつに会ったら、前と変わらず威勢よく洒落た言葉でも言って、バトルに持ち込もうと考えていたのに。明らかに動揺して震える自分の声が情けない。
「何しにって、決まってる」
レッドはモンスターボールを構えた。
ああ、そうだよな。お前はそういうやつだ。
***
「嘘、だろ」
結果はオレの惨敗だった。
オレの行動は全て先読みされて、完膚なきまでに叩きつぶされた。これが本当の天才ってやつなのか?
レッドに勝ちたくて、全てを犠牲にしてレッドが歩んだ道を辿ったのに、結局こいつには勝てないなんて。馬鹿みたいだ。環境じゃない、レッドに勝てないのは自分自身の問題なんだ。オレはなにも成長しちゃいなかった──
膝を折って無様に地に手をついて、必死に虚勢のための言葉を探していると、近づいてきたレッドの影に覆われた。
そして気が付くと、オレは何故か抱きしめられていた。
「捕まえた」
安堵するような吐息が耳を掠めてぞわりとする。
思いのほか強い力に、何もできない。
「ん、だよ、ポケモンじゃねーぞ、オレは」
「知ってる」
「何がしたいんだよ」
「ポケモンだったらモンスターボールに閉じ込めておけるのに」
「──は?」
「でもグリーンは人間だから、違う手段で捕まえておかないと」
混乱状態のオレを無視してこの幼馴染は、薬と水を取り出して、それを口に含んでみせて、そのままオレの口をふさいだ。
「んぐ──」
突然注がれるそれを思わず飲み込むと、ずっと無表情だったレッドはようやく少し笑った。
──待ってくれなかった君が悪い。
遠くなる意識で最後に見たのは、氷よりも冷たい幼馴染の目と、柔らかい笑み。
三年経ってようやくオレは、自分の犯した過ちに気付いた。
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