Another story-君が崖から落ちてから

後味悪めで死ネタ苦手な人の苦手なものが詰まってると思うので注意。


*******


最初の日


「グリーン!!!」


自分でも驚くほどの絶叫だった。

グリーンが落ちた。ピジョットを受け止めようとして、崖から落ちてしまった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。早く助けに行かないと。でもきっと大怪我をしている。誰か呼ばないと。


崖の近くに赤い塊が見えた。近寄って確認するとグリーンのポケギアだった。偶然落としたみたいだ。使い方がよく分からないので、僕は適当にボタンを押していく。プルル、という音が聞こえた後、知らない男の声が聞こえてきた。


『リーダー!? 探してたんですよ。今どこですか?』


どうやら彼が務めるトキワジムのトレーナーらしい。


「⋯⋯シロガネ山」

『え? ──あんた誰だ?』

「グリーンが、崖から落ちて⋯⋯」

『⋯⋯もしかしてリーダーが云ってた幼馴染のレッドくん? リーダーが落ちたって? 今どこにいる!?』

「頂上」


警察に連絡したのかと聞かれ、まだと答えると、連絡しておくから君はそこから動くなと云われた。電話したらすぐにでもグリーンを探しに降りたかったのに。でも助けたいなら云うことを聞くべきなんだろう、僕は仕方なく、冷や汗に身を震わせながらただ待ち続けた。



警察に連れられて僕が目の辺りにしたのは、赤い血溜まりと、赤いグリーンと、ボロボロになりながらも寄り添って髪をつついているピジョットだった。くちばしが赤く染まっている。


──赤い血溜まり?


いや、あれは血なんかじゃない。すぐに僕は思い直した。だって、もしあれがグリーンの血だとしたら、もう絶対に──絶対に助からないじゃないか。だからあれは血じゃない。あれは。


──みずたまりだ。


赤い色をした水たまりだ。たまたまグリーンはそこに落ちてしまった。お気に入りの服が汚れてしまって憤慨するグリーンが目に浮かぶ。そしてそんな彼に僕は、呆れた目を向けながら、助かったんだからいいじゃないかと慰める。



これはそういう物語だ。




***


七日目


シロガネ山の頂上にはグリーンがいる。そこは本来僕の居場所だったのに。まるで自分の私有地のように悠々と佇んで、頂上からの景色を楽しんでいる。

グリーン、と声をかけると、振り返って笑った。


「よ! レッド」


人の気も知らないで、呑気なものだ。まあ僕だって前まで誰にも構わずシロガネ山に籠もっていたから、あまり文句は云えないが。


「いつになったら下山するわけ」


グリーンは崖から落ちたあの日からずっとここに居る。みんな心配してるのに。自分のことは棚に上げて、咎めるように彼を問いただす。


「暫く下りる気はねぇかなー」


どこ吹く風でそんなことを云って、また景色を堪能し始める。僕はグリーンの隣に並んで同じ様に遠くを眺めた。


「レッド、無理してここに来る必要ないんだぜ」

「寂しがりのくせに」

「なっ──寂しくなんてねぇよ! それはお前だろ? 毎日わざわざここまで登ってきてさ。いろいろやることあるんじゃねぇの」

「もともとここが僕の家みたいなもんだし」


冗談半分にそう云えば、グリーンは吹き出して大きく笑った。


「お前なあ、おふくろ泣くぞ? ていうかどこの野生児だよ。いや仙人か?」


いつもと変わらない様子のグリーンに、僕は少し安堵する。


「ま、今日はこのくらいにしとくか! オレより話題を持ってるはずのレッドは喋るの下手だからな。あんまり話すと喋ることなくなるだろ? じゃあな!」

そう云ってグリーンは背中から倒れるように崖から落ちた。


初めて見た時は酷く動揺してしまったけど、ピジョットも一瞬見えるから、下で受け止めてもらっているんだろう。

絶対に僕に対する嫌がらせだ。






十四日目


僕はほとんど日課のようにシロガネ山にいるグリーンの元へ通っている。


「お前トキワのジムリーダーになったんだって?」


足音に気がついたグリーンが振り返って、開口一番にそう聞いてきた。

彼の云う通り、僕は今トキワのジムリーダーを務めている。グリーンが山を下りようとしないから、仕方なくだ。


「君の代理でね」


嫌味を込めてそう答えるとグリーンは、代理ねぇ、と目を眇めた。


「それだけじゃねぇだろ。ねえちゃんに誕生日プレゼント渡して? じいさんの手伝いして? オレが本来やってたことを代わりにやって、そうやってお前はオレの居場所を奪っていくんだな」

「そんなつもりじゃ──」


むしろ僕はグリーンの居場所を守りたいだけだ。そこに居るはずの人が居ないと、消えて無くなってしまいそうで。だから僕は君の真似事をして、君の代わりにそこにいる。君が戻ってくるのを待っている。それだけ。


でもそれを伝えたところで、絶対にグリーンは理解しないだろう。そう思って僕は何も云えずに黙りこんだ。そんな僕を見てグリーンはため息をつく。


「なあ、そんなにオレになりたいわけ?」

「なりたいっていうか、こうしないと、みんな君を忘れていくから」

「そんなちょっとの不在程度で忘れ去られるようなオレじゃねぇよ!」


そう口を尖らせたグリーンはちら、と空を見た。


「そろそろ時間だな。じゃあな。まあ、何だかんだ話せて楽しかったぜ」


そう云ってまたグリーンは背中から落ちるように崖下へ姿を消す。

心臓に悪いからやめてほしい。


どうやらグリーンは僕に自分の代理を務められるのが気に入らないみたいだ。でも文句を云われても困る。僕はもう決めたのだ。例え周りが何と云っても。君が嫌がったとしても。


──それでも僕は明日も君の代わりをする。






二十一日目


「お前さ、シロガネ山に居た頃はちっともオレに会いに来なかったくせに、オレがここに来てからずっと通ってくるよな」


今日のグリーンはやけに不満げに腕を組んでいる。


「お前はこれからも、普段は無頓着な癖に、居なくなるかもしれないって解った瞬間にそうやって執着するんだろうな。おふくろにも同じこと繰り返すんだろうな」


あまりに当たりが強いので、何でそんなに不機嫌なの、と聞くとグリーンは「だってお前最近オレの真似ばっかすんだもん」とイライラしたように返した。


「ジムリーダーだけじゃなくって、緑の小物やらインテリアやら、オレの趣味に合いそうなアクセサリーとか着けちゃってさあ! いくら体型が同じだからって、勝手に人の服着んなよ。気持ちわりぃの」

馬鹿にしたようにグリーンが鼻を鳴らす。彼の云いたいことは理解できるが、それは必要なことだ。それに相手の真似をしているのは僕だけじゃない。


「君だって赤色を身に着けてるじゃんか」


そう、目の前のグリーンは赤い帽子と手袋、マフラーを身に着けている。このシロガネ山に居着いてからずっとだ。


「それに、雪山の頂上にずっといるし。君こそ僕になりたいわけ?」

「別に赤は好きで身に着けてるわけじゃねーし。オレが下山できない理由はお前知ってるだろ?」

「好きでもないのに身につける理由ってなに」


食い下がってみると、グリーンは理解の悪い生徒を見るかのように眉を潜めた。


「人間の血って赤いだろ?」

「⋯⋯⋯⋯」

「だからだよ」


意味が解らない。真面目に答える気は無いようだ。


そうしてまたグリーンは背中から落ちた。

もしかしてその落ち方が気に入ってるんだろうか。



君が何と云おうと、明日も僕はトキワで君の真似をする。







四十九日目


「やあ、こんばんはレッドくん」


僕が来るなりグリーンは身なりを正して挨拶してきた。気味が悪い。


「どうしたの急に」

「今日は大事な日だからな」

「何かあんの?」

「お前には絶対教えてやんね」


そう云われると気になってしまう。でも、何だか聞いてはいけないような、聞いたら後悔するような、そんな気がして僕はそれ以上追求しなかった。


景色を眺めるグリーンの横顔が、今日はやけに儚げに見えて、訳もなく不安になる。


「グリーン⋯⋯どこにも行かないよね」

「はぁ? ああ、まあ、お前が此処に居て欲しいっていうなら居てやるよ」

「ここにいて欲しい」

「即答かよ! からかい甲斐のないやつ」


少し照れたように笑って誤魔化すグリーンはもういつも通りだった。


「でも少しはオレ離れした方がいいんじゃねーの」

「別に君が居なくたって自立してる」

「あっそ」


そしてまた、いつも通りグリーンは崖から飛び降りようとする。僕は咄嗟に彼の名で呼び止めた。


「なんだよ」

「その、飛び降りるの、やめて欲しいんだけど。心臓に悪い」

「ビビリだなーお前。別にオレだって遊びでやってるわけじゃねぇぞ。必要だからやってんの」


少しむくれた顔でそう云って、グリーンはそのまま崖から飛び降りてしまった。

絶対僕をからかう遊びに決まっている。



そして変わらず明日も僕は、君の祖父の前で君のフリをする。






百日目


真っ白い雪の上に今日もグリーンは立っている。名前を呼ぶと、いつものように振り返って笑った。呼び返す声もいつも通り。まだ大丈夫。まだ大丈夫だ。


「お前、ジムでオレと同じパーティ使ってるんだって? コトネから聞いたぜ」

「ああ──」


そういえば昨日、コトネが見学だとか何とか云って、ジムに入り浸っていた。その日は珍しく挑戦者が僕の元まで来たので、最初にナッシーを出して闘った。終わる頃にはコトネが何か云いたげな顔をしていて、でも何も云わずに哀しげに目を伏せた。どうしてそんな表情をするのか理解できなかった。


「トキワジムだから」

「オレのパーティは前リーダーのサカキと全然違うけど」

「でも、君のジムだから」

「お前のジムだよ馬鹿」


グリーンは呆れた顔をしている。別に、仕事はこなしているんだから構わないじゃないか。不満げな僕の様子も無視してグリーンは背を向ける。そして小さく「もういいんだよ」と呟いた。


「もうオレにならなくたっていいんだよ」

「グリーン?」

「どうしたって、お前もみんなも、少しずつオレのこと忘れてくんだ。そうやって、記憶を思い出に変えていって、みんな前向いて歩いていくんだろ」

「君が何を云っているのかさっぱり──」


解るだろ、とグリーンは厳しい声を出した。


「本当はずっと解ってただろ。そもそもお前如きがオレなんかに成れるわけないんだ。このままじゃいけないって、そう思ってるから、だからオレは今──こんなこと喋ってる」


違う。


違う違う。違う!


こうじゃない。僕の望む展開はこんなんじゃない。まだやり直せるはずだ。

息苦しさに喘ぐ僕を見て、グリーンはふと表情を緩めて優しく笑った。


「──なんてな。正直云うとさ、やっぱりオレ忘れられたくない。本当はこの山下りて、みんなのとこに帰りたいよ。レッドがこうして来てくれて、その、まあ、嬉しくないこともねぇよ」


最後の方は声を小さくしながら、グリーンはそっぽ向いた。

ああ良かった、僕は間違っていない。


グリーンは崖から飛び降りた。

僕は何も間違っていない。



だから明日も君のジムで、僕はただ君になる。






十年目


「君がここに居着いてからもうすぐで十年経つ」

相変わらず頂上でのんびりとしているグリーンに声を掛ける。

「そろそろ下山する気になった?」


──どうしよっかなぁ。


グリーンは僕の言葉をのらりくらりと躱す。いつものことだ。

「君がどういう心積りかは知らないけど、僕が必ず下山させる」

僕は堂々と彼に宣言した。グリーンはちら、とそんな僕を見て不敵に笑う。


──今更云うじゃねぇか。絶対無理だと思うけど。


「今すぐには無理だけど、下山させる方法を思いついたんだ」

僕には自信があった。今日はいつもよりシロガネ山が綺麗に見える。空気が澄んでいて、吹雪もなく、凪いでいる。


──どんな方法だろうと無理なんだって。だってお前⋯⋯


──オレの声、思い出せる?


グリーンが何を云っているのか解らなかった。目の前で喋っているのだから、思い出すも何もない。そう伝えるとグリーンは少し困った顔をした。


──お前が認識してるのはオレの声じゃなくって、言葉だ。⋯⋯解るだろ? 今までにオレ何回ここから飛び降りたと思う?


──いい加減受け入れる気になったかよ。



ああ、もう僕には時間が無い。


少しでも時間を先延ばしにできるように、また僕は君の家でアルバムをめくる。そうして君の姉の前で、僕は君であり続ける。



君が消えてしまわないように。






十年と七日目


よ! レッド。久しぶりだな。一週間ぶりくらい? オレの事なんてどうでも良くなったのかと思ったぜ。え?⋯⋯別に寂しくねぇって前から云ってるだろ!?

で、結局オレが下山する日ってくるのかなぁ?


ああ、この一週間はそのための下準備ってわけ。よくやるよなーお前。そういう頑固なとこ昔から変わらないな。


⋯⋯ジラーチねぇ。


そう上手くいくかな。どこに現れるかも分からないんだろ?

何? そのポケモンが何かしてくれんの?

セレビィーか。時渡りポケモンってつまり──お前も狡いこと考えるよな。ポケモンに好かれるやつが悪いこと始めたら地獄だな。

ああ分かった分かった。お前にとっては正義だろーよ。


なあ、なんでオレがずぅっと笑顔か教えてやろうか。


お前が鮮明に思い出せるのがもう笑顔だけだからだよ。アルバム漁ったって、オレの表情って笑顔ばっかだろ? ガキの頃はともかくさ。チャンピオン戦でも見返せば真剣な顔も思い出せるんじゃないの。ああでも駄目か。画質悪いもんな。もう少し後に生まれてたらオレのバリエーション増えたのにな。残念でした。


──別にこのままでも良くないか? 未来行ってさ、帰って来れるかはセレビィー次第じゃん。お前はやたらと自信があるみたいだけど⋯⋯。それに、お前の望みがオレとずっと一緒にいることなら、もっと確実な方法があるぜ。


ここから飛び降りればいいんだよ。オレみたいに。怖くないようにすぐ隣についててやるよ。大丈夫だって。落ちてる途中で気絶して、何も解らない内に全部終わってるよ。


ん? ああオレも好きだよ。

はは、なんだよ、オレはもうとっくの昔からお前のものだろ? 言葉も、表情も、仕草も──


全部お前が作ってるんだからさ。




僕は『彼』を崖から突き落とした。

あいつはこんなこと云わない。十年という月日で随分ほころびてしまった。それに、『彼』はもう要らない。

だってもうすぐ本物が帰ってくるんだから。


僕は、君の服を脱いで、アクセサリーも外して、たくさん喋るのをやめた。

そして赤い服を着て、帽子を被って、一緒に旅していたポケモンを呼び出した。


君のフリはもうやめる。君になるのはもうやめる。



君は僕が必ず救う。






***


最後の日


目の前に望んでいたポケモンがいる。

セレビィーの時渡りで未来に行き、ジラーチの出現場所を知った僕は、ようやく、ようやく長年の願いを叶えようとしていた。でも。


グリーンを生き返して欲しい。そう願っても、ジラーチは申し訳無さそうに首を振る。


──そんな。


人を生き返すことは出来ないのか。ああ、予想できたことじゃないか。もっとちゃんと、願い事を考えるべきだった。焦りで思考が上手くまとまらない。


駄目だ、このまま黙っているとジラーチが消えてしまう。どこかへ行ってしまう。

またすぐに見つけられるとは限らない。考えろ。どうすればグリーンを救える?


時間の無い中必死に考えて思いついたのは、全てを人任せにすることだった。



「十年前に、カントーで目覚めて欲しい」


きっと過去の僕が何とかしてくれる。

グリーンの周りの人達も、必ず助けてくれる。

本人は気づいているのか判らないが、彼はちゃんと皆から愛されているんだ。


世界が崩壊していく。

十年前にジラーチが現れれば何もかもが変わるから、この世界は無かったことになるんだろうか。いや、余りに無理な願い事だから、この世界が犠牲になったのかもしれない。


そして僕は絶望した。セレビィーの時渡りが使えない。

いや、仮に使えたとしても、きっとジラーチに願い事をする前に戻るだけ。

僕に出来ることはもう、この世界とともに滅びるのを待つことのみ。



できれば最期にもう一度、声が聴きたかった。

笑顔が見たかった。

触れたかった。



諒解っていた。本当は心のどこかで気づいていたじゃないか。

十年前にあいつが崖から落ちたあの日から。


この世界の僕にはもう、それが叶わないことくらい。







Another ED:

並行世界で君が生きてくれるなら


おまけ


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