08-ありふれた日

風の強い日だった。

そんな日にオレはシロガネ山の頂上にいた。


崖の近くで遠くを眺めているレッドに近づくと、足音に気付いてこちらに振り返った。


「バトル?」


第一声のそれに思わず苦笑が漏れる。

「今日はバトルの誘いじゃねぇよ。旅行の誘いだ」


そう言ってオレは二枚のチケットを取り出した。


「南国の地、アローラ! ま、視察だけどな。今度行くことになったから、その前に一度観光がてら行ってみようと思ってさ」

「暑いの無理」


まあこんなとこに半袖でいて平気なんだからそうだろうな。でも心の底から嫌がっているわけでもなさそうだ。

リザードンやピカチュウたちが興味を惹かれたようにボールから出てきたので、写真が載ってるパンフレットを見せてやる。


「ほら、ピカチュウたちも行きたがってる」

「面倒くさい」

「我儘いうんじゃねぇ!」

「仕方ないな」


折れたような物言いだが、どこか期待するような、楽しそうな表情をしていた。渋って見せたのはじゃれあいのようなものなんだろう。オレが無理やりにでも連れて行こうとするのを解った上での。


別にそれは構わないのだが、何でもレッドの思い通りになるのは癪だ。


ポケモンたちをボールに戻し、レッドが荷物をまとめるのを待つ。

頂上からの眺めはどこまでも白が続いていて、あいつは毎日何を想ってここを眺めているのか、と詮無い事を考える。


レッドが戻ってきた。

オレはにやっとして、レッドの腕を思い切り引き──



そのまま崖から飛び降りた。



驚きに固まっているレッドをちらっと見て、悪戯が成功したことを確かめてから、オレはピジョットを繰り出した。レッドと共にその背中に着地する。


「な、なに、何やってんの!?」


ピジョットにしがみついてレッドが叫び声をあげる。

滅多に見れないそんな姿がおかしくて、身体を切っていく風が心地よくて。


「はは!! 最高の気分だ! なぁレッド!」

「一歩間違えれば死ぬかもしれないのに!」

「オレたち今死んでるか?」

「───生きてる。生きてるけど!」


そういう問題じゃない、と呟くレッドも、遠くなっていくシロガネ山も無視して太陽を仰ぐ。



空が青い。



なんだか楽しい気分になって、オレはまた笑う。

レッドもつられて呆れたように笑う。



レッドに勝つことに酷く執着していた。

勝たないと何も得られない気がしていた。


でも、ライバルっていうのはそんな重たい関係じゃないはずだ。

こいつとバトルするのが楽しい。それだけで充分だ。


もちろん負けたくないって気持ちは変わらないが。


「アローラでポケモン捕まえたらバトルしようぜ! 絶対負けねぇ」

「やれるもんなら」



そんな──


オレにとってはごくごく日常の、ありふれた日を迎えた。



00-救済の代償

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