07-願い事は
「多分、こっち」
レッドは迷うことなく洞窟を進んでいる。
オレとヤスタカは少し後ろについていく。今はこいつの勘に頼るしかない。
洞窟の中は複雑で、ヤスタカも流石に道は覚えていないらしい。ただ、前回もレッドがジラーチを見つけ出したそうだ。
「グリーン君」
レッドに聞こえないくらいの小さな声で、ヤスタカは俺の名前を呼んだ。
「なんだ?」
オレも合わせて声を落とす。
「言うべきだと思うから、言っとく」
「うん?」
「次に三年前に戻ったとして、多分、俺は記憶を引き継がない」
「え──?」
ヤスタカが真剣な目で前を見据えたまま、声だけをオレに向ける。
「記憶を引き継ぐのは願い主だけだと思う。あんたが記憶を覚えてたのは当事者だったから、例外なんじゃないかな。だから、次の周で上手くやれるかはあんた次第」
大丈夫? と聞かれた。怖い? とも。
全てを知ってるのはオレだけ。オレの行動で全てが決まる。三年間の孤独なそれに耐えられるのか?
何も知らないレッドはただ前へ前へと進んでいく。
「あんなこと言ったけどさ、別に時間を遡る必要はないよ。最初は俺もあんたの死さえ回避できればそれでいいと思ってたし。まあ、やり直した方がいいって意見は変わらないけど。レッド君を見てるとね」
やり直した上で、今度こそあの未来を回避すべきだと。
「でも、だからってあんたが無理する必要はどこにもないんだ。まだ誰も死んでないし。あんたが望まないなら、しなくていい」
「そう言われてオレが、じゃあやりませんって言うと思うか?」
そう返すと、ヤスタカは少し表情を崩して笑った。
ぽん、と背中を叩かれる。
「大丈夫、三年なんてあっという間だ。何度繰り返したって、俺がリーダーを支えますよ。他のみんなだって」
あなたのジムトレーナーですから。そう結んで、足を速めてレッドの元へ行った。オレも後に続く。
***
「あ──」
レッドが立ち止まり、指をさす。
洞窟の奥深くは少し広い空間となっており、十メートル位の高さに盛り上がった歪な円筒の岩の上に、繭があった。
「多分あれが、ジラーチだと思う。でもあんなに高い場所じゃ──諦めよう、グリーン、君は行くべきじゃない。危険だ」
崖のようなそれを登ろうとするオレを、レッドは制する。
ヤスタカは何も言わずに見守っている。
「僕のために、君になにかあったら──」
「レッド」
必死に説得しようとするレッドの名前を呼び、黙らせる。
「オレが絶対に救ってやる」
「グリーン?」
「でもそれはお前のためじゃねぇよ。自惚れんな。オレがそうしたいからするんだ。それに──お前や、皆が悲しむようなことには絶対ならないし、させねぇ」
だから、とレッドの手を強く握って、心臓の位置に掲げる。
「だから────オレを信じろ」
真っすぐに目を見つめる。
レッドの目は不安に揺れていて、何かを思い出しているようで、それでもオレが引く気が無いのを悟って、諦めた顔をした。深呼吸をひとつして、オレの目を強く見つめ返す。
「──分かった。でも約束だ。絶対に死ぬなよ」
「死ぬわけねぇだろ」
安心させるように笑う。
ジラーチに会ったら、オレが願い事をいう。それはもう、三人で話し合って決めたことだ。崖を登るオレを、レッドは黙って見守った。
命綱もない。ポケモンを出す余裕もこの場所にはない。
そして今日は、もしかしたらオレが死ぬかもしれない日だ。
三メートル、四メートル。
ずっと部屋に閉じ込められていた身体には堪える高さ。
下に残る二人を心配させないよう、息を整えながら登る。
九メートル。あと少しだ。その油断がいけなかった。
繭に触れた瞬間、一瞬だけ力が抜けて、オレは、足を滑らせた。
「グリーン!!」
二人の荒げた声が聞こえる。落ちる。ああ、あんなことを言っておいて、オレはまた──
光に包まれた。
身体の底が冷えるような落下感はなく、金色に輝く光と、心地よい浮遊感に包まれる。
目を開けると、黄色くて白い、小さなポケモンがそこにいた。
──これが、ジラーチ。
手を伸ばして触れると、くすぐったそうに身をよじった。
千年に一度だけ目覚める、孤独なポケモン。
そんなジラーチを優しく抱きしめて、乞うように、オレは願った。
誰かが優しく笑ったような気がした。
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