05-君がいないと
俺と手を組まない?
そう言ったヤスタカは腹の読めないような笑顔で。
「現リーダーを裏切るのか?」
「裏切るなんてとんでもない。むしろ、なんだろう、救済?」
「は?」
ヤスタカは俺の隣に座って腕を組んだ。
「俺って現リーダーがトキワジムに就いてから割と最初の方からいるんだけどね。まあ結構長い付き合いなわけよ。あの人って感情を表に出してくんないからさ、心の内はよく分かんないけど。それでも三年一緒にいればいろいろと解ることもあるんだよ」
「ふーん?」
「あの人はジムリーダーであり続けることを望んでない、とかね」
まあ、チャンピオンだって辞退したあいつが、マイペースなあいつが、リーダーなんてストレスだろうけど。やっぱりヤスタカはこの世界でも中々観察眼があるな。分かってはいたが、自分に向いていたはずの気遣いだったり理解だったりとかが、他に向くのを見るのは何だか面白くない。
「オレはあいつの穴埋めってか」
「ま、そういう言い方も間違いじゃないけど。俺はあんたにリーダーやってほしいなって思ってるよ」
「会ったばっかりなのにオレの何を知ってんだよ」
「知ってるさ」
「──え?」
ただふざけているだけかとヤスタカの方を見上げたが、思いのほか真剣な眼差しと目が合った。
「さて、ここからが本題ね。もし今から言うことの意味が分からなければ、頭のおかしいやつだったくらいに思ってくれ」
二人きりのこの部屋に緊張感が満ちた。
本題、と言いつつ、どう話を切り出すべきか悩んでいるようだ。ヤスタカは少し目線をさまよわせてから、口を開いた。
「俺はね。どう表現したらいいのかな。二週目なの」
「──に、しゅうめ?」
どくん、と心臓が脈打った。早鐘のようにそのスピードは増していく。
「俺は、あんたがジムリーダーになった世界を知ってる」
「なんで、な、どういうことだよ!! まさか、お前も──!」
思わず掴みかかったオレの背中を、ヤスタカはなだめるように軽く叩いた。
「その様子じゃ、やっぱりあんたも記憶があるみたいだね」
孤独から解放されたような安堵感。それと同時に、未知に対する恐怖のような不安が、今更になってオレを襲う。
「お、オレは──あの日シロガネ山に行って、レッドとバトルした後、足を踏みはずして崖から、落ちたんだ」
「うん」
「そしたら、いつの間にかリーグにいて、目の前にじいさんとレッドがいて、わけわかんなくて」
「なるほどね」
ヤスタカもオレと同じく急に過去に遡ったのか?
そう聞くと、ヤスタカは静かに首を振った。
「俺はね、あの日もあんたが何も言わずにいなくなったもんだから、いつものように探しにいった。そしたらポケギアにあんたから電話がかかってきて、出てみたらレッド君でさ、要領を得なかったけど、あんたが崖から落ちたことを知った。すぐに警察に連絡して捜索したけど、見つかったときにはもう──」
ピジョットがオレにずっと寄り添っていたらしい。
言いづらそうにしながら、教えてくれた。
「そう、だったのか」
「レッド君はどれだけ話しかけても何の反応もないし、本当、地獄みたいだったよ」
その時を思い出したのだろう、遠くを眺めるようにして息を吐いた。
「ただ俺は、俺たちは実に運がよかった。なああんた」
──ジラーチって知ってる?
「名前だけは──昔なんかの本で読んだような」
「千年に一度、七夕の日に眠りから目覚め、どんな願いも叶えてくれる。幻のポケモンだ」
「なんかロマンチックだな。──まさか」
「そ。俺は願ったんだ。時間を巻き戻してくれって。あんたを助けられるように」
千年に一度、つまりは一生に一度の願い事を、オレみたいな人間一人のために使ったと?
「も、もったいねぇぇぇ!!」
「そこ!? いやいや全くもったいなくないでしょ。むしろこれ以外にないでしょ。人を生き返すのは無理だったし⋯⋯。あんたあの光景見てないからそんな──まあいいや。で、せっかく苦労して時間を遡ったものの肝心のあんたは失踪してるわジムリーダーは何故かレッド君がやってるわで大混乱」
「あーうん。それは悪かった」
「ようやく見つかったと思えば軟禁されてて大困惑」
「それはオレのせいじゃねぇ」
尊大に返すオレにヤスタカは呆れたように眉をひそめた。
自分以外に前回の記憶を持っているやつがいるのは心強いが、事態はそう簡単でもなさそうだ。それにしても。
「別に気にしないけど、おまえにため口使われんの違和感あるな」
「だってあんた今リーダーじゃないし」
冷たい。まあ自分でこの場所を捨てたくせにリーダーとして接しろなんて言えないが。
「まあ、それでこれからどうするか、だけど」
ヤスタカはそう言って立ち上がり、ベッドサイドに置いてあったカレンダーを手に取った。
「あんたが発見されたのは、前の周であんたがレッド君を見つけた時期よりも遅いんだ。多分、あの事故もその分遅くなる、と思う。前回レッド君を見つけたのはコトネって子だったのに、今回は違うし。少しずつ何かがずれてるんだ。──それで、遅くなれば何が変わるか」
カレンダーを元の位置に戻して、こちらを見る。
「事故の前にジラーチに会える」
「じゃあ、ジラーチに事故が起きないように願えばいいのか」
「そう──でも」
ヤスタカはオレの前に跪いて、オレの手を握った。
顔は俯いて、表情はうかがえないが、手が少しだけ震えていた。
「リーダーは──レッド君はあんたが失踪してから日に日に追い詰められていった。多分、あんたが死ななくても一生苦しめられる。何としてでもあんたを閉じ込めておこうとする。だから、」
顔を上げて、オレを見つめた。
こいつのこんな真摯な目は初めて見た。
「出来れば、もう一度過去にさかのぼって、レッド君を救ってあげてほしい」
オレがシロガネ山で過ごしていた三年間、当然こいつとレッドの間にも絆とか、そういうものが出来ているんだろう。
何だかそれが、少し寂しく感じた。
***
ヤスタカが鎖を切ってくれた。
レッドが戻るのは明日になるだろう。行動できるのは今しかない。
ヤスタカも準備があるらしく、外で落ち合うことになった。
久々に自分の元へ帰ってきた手持ちのモンスターボールを撫でて、バッグを肩にかけ、逸る気持ちを抑えながらジムの扉を────
開けようとしたら、力を入れる前に扉があっさりと開き、勢いのまま思い切り地面に転んだ。
「うわっ!?」
「あぶなっ──グリーン?」
上から降ってきたのは実によく聞きなれた声で。
「れ、レッド。おまえ明日まで帰ってこないんじゃ──」
腕で身体を支えて起き上がろうとすると、その手を捕まれ乱暴に引き上げられる。
「君に会いたくて早く帰ってきたんだけど」
「へ、へー。いやーオレも会いたかったよレッドくん」
へらへら笑ってそう答えると、腕を掴んでいる手にぎりぎりと力が入る。中途半端な位置で掴まれているためにうまく体勢を整えられない。山に篭ってなかった割に意外と筋力あるじゃねーか。何食べてんだろ。ちら、と見上げると、帽子から覗いて見える目は冷え切っていた。
「どこ行くつもりだった?」
「お、おまえに会いに?」
「鎖は?」
「⋯⋯⋯⋯引きちぎった」
ヤスタカを売るわけにはいかない。さすがに無理があるがこれで押し通すことにした。
「えっ──いやいや無理に決まってる」
「なんかやってみたらいけたんだよ!!」
「そんな軽いノリで引きちぎられるようなもの使ってないし」
「毎日筋トレしてたんだよ!!」
「グリーンって⋯⋯頭いいけど馬鹿だよね」
なんだとお前にいわれたくねーわ!! とキレる前にどんっとジムの中へ放られた。咄嗟に受け身もとれないまま尻もちをつく。
今度こそちゃんと立ち上がろうとしたが、ずんずん近づいてきたレッドに肩を掴まれまた妨害された。
「ヤスタカならもうとっくに捕まえて別の部屋に謹慎させてるよ」
「おまえ、知ってたのかよ。そうだよヤスタカに切ってもらいました!」
こうなったら仕方ない。オレは思いっきり開き直った。
レッドはそんなオレを呆れた目で眺めてから、しばらく無言で俯いていたかと思うと、震えた声で喋り始めた。
「三年前、君がいなくなって、僕がどんな気持ちでいたか──」
「レッド──」
「君がいるのが当たり前になってたんだ。君がいないと寂しい──」
肩を掴む手も震えている。濡れた目で苦しそうにこちらを見つめるレッドに心が揺らぐ。オレの我儘で未来を変えておいて、こんな顔させて、これ以上苦しめさせるのか?
でも駄目だ。オレのためにもこいつのためにも、今のままじゃダメなんだ。正せる道は正すべきだ。
「レッド、ごめん。でもオレ、行かねーと」
「グリーン⋯⋯どうしても?」
「──悪い」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯チッ」
なんか今舌打ちしなかったか? 気のせいか? 気のせいだよな?
「おいレッド今」
「素直に絆されてくれれば優しくしてあげるのに」
「いや部屋に鎖でつないで優しいもあるか!」
正論を言うとレッドにきょとんと首を傾げられた。
さっきまで泣きそうな顔してたのになんで何事もなかったかのように通常モードになってるんだ。
「あ、もしかして退屈だった? 大丈夫、すぐに開放してあげるから。また旅に出られるよ。今度は一緒に。僕と世界を廻ろう」
「旅──?」
こいつはこいつで変わろうとしているんだろうか?
無理に戻す必要はないのか?
「でも、あの時みたいにまた何も言わずに僕を置いていくなんて」
──絶対に許さない。
レッドの目は昏く濁っていて、静かな圧力に結局オレはまた、何もできなかった。
0コメント