こどもごころ(レッド視点)
「レッドを孫にすりゃいいんだ!!」
グリーンが叫んで飛び出してしまったので僕はすぐに後を追った。博士は突然のことに驚いて、咄嗟に反応できなかったみたいだ。僕はいつかこうなることを予想していたけど。
僕はポケモンに懐かれやすい体質らしい。だからか博士からは昔から目をかけられていた。そこそこ成績もよくて、大人の前では聞き分けの良い子どもである僕は扱いやすかったに違いない。
グリーンがそれを面白く思っていないことは知っていた。だがあくまで彼が気に入らないのは、僕を優遇する博士であって、博士から優遇される僕ではない。グリーンの感情の全ては僕に向けられてほしいのに。だからより博士が僕を贔屓しているように見せるため、わざと瓶を割ってみたり、悪さをしてみた。そうした結果が今だ。結局グリーンは博士のことばかりだった。
グリーンは町の外の草むらへと走ってしまった。草むらは危険だから絶対に入ってはならないと小さな頃から散々教えられてきている。グリーンもそれは同じはずなのに、もう周りが何も見えていない。
ほんの一瞬だけ草むらに入ることを逡巡してしまったけど、僕は気にせずまっすぐグリーンを追いかけた。
グリーンが立ち止まったので、僕も少し距離を置いて立ち止まる。
上手く呼吸が出来ずに、息を荒げて震えて木に縋り付いているグリーンを見て僕は──
かわいい、と思ってしまった。
悲しんで泣いている人に対してそんなことを思うのはおかしいと、僕にもそれくらいは分かる。早く声を掛けて慰めてあげたいのに僕は、彼の震える背中から目が離せない。
僕が彼を意識し始めたのは、まだ文字も読めないほど子どもだった頃だ。ある日突然、グリーンの両親が事故で亡くなってしまった。まだ子どもで、それが何を意味するのかも分からないまま葬式に連れていかれた僕は、グリーンの元へ駆け寄ろうとして、でも出来なかった。
グリーンはずっと必死に姉に話しかけていたからだ。周りが暗い顔をしている中で、殊更明るく振る舞う彼は異様だった。でも時折、ほんの一瞬、その表情が陰り不安と怯えを見せる。僕はそれに目を奪われた。
護ってあげたいと思った。救けてあげたいと思った。──もっとその表情が見たいとも。
僕はグリーンが好きなんだ。どうして彼の辛そうな顔を見て心臓がドキドキとなってしまうかは分からないけれど、それだけは理解できた。
それ以来僕は気づいてしまったのだ。僕を惑わせるその表情は、オーキド博士によく向けられていることに。
グリーンはお調子者で生意気で、何かあればしょっちゅう自慢をしてくる。そうしていつも、胸を張って武勇伝を語りながら、その目はちらちらと博士の方へ向けられる。注意していないと分からないくらいに薄っすらと、不安と怯えを滲ませて。
初めて僕は嫉妬という感情を知った。
「見つけた」
グリーンが三角座りをして顔を膝に埋め、それきり動かなくなってしまったので僕は駆け寄って声を掛けた。
勢いよく上げられた顔は目が赤く腫れていてぐちゃぐちゃで、普段からは想像つかないほどに弱々しい。
帰ろう、と声を掛けるとまた顔を下に向けてしまって、帰りたくないと震える声で呟いた。
「オレのことなんて放っておいて、じいさんのとこにいろよ。お前はオレと違って──期待されてるんだからさ」
ああ、どう足掻いたって僕は博士に勝てないんだろうか。
何をどうすればグリーンは博士のことを嫌いになって、僕だけを見てくれるようになるんだろう。
グリーンの上に覆いかぶさるように肩を掴むと、びくりと身体を震わせてこちらを見上げる。
うっすらと張られた水の膜に、僕の後ろの月が入り込んでいて、とても綺麗だった。
「君は、僕のことライバルだって言うくせに、博士ばっかり気にする」
その瞳があまりに純粋なので、醜い僕の感情を知られたくなくて、手で目を塞いで吸い込まれるようにキスをする。怒るだろうか。怯えるだろうか。なんでもいい。僕だけに向けてくれる感情であれば。
背後からガサっという音が聞こえてきて振り返ると、野生のポケモンが牙をむき出しにして僕らを睨んでいた。むしろ今まで出くわさなかったのは奇跡だ。
何かあればすぐに逃げられるよう、僕はグリーンを無理やり立たせて、庇うようにポケモンの前に立ちふさがる。護ってくれるポケモンも武器になるようなものも何も持っていないから、さすがの僕も恐怖に震えた。
「下がっておれ!」
図ったようにやってきたオーキド博士がポケモンをボールで捕まえ事なきを得る。そして怯えるように目をぎゅっと瞑るグリーンを、博士は抱きしめた。
そして今更グリーンに優しい言葉をかける。グリーンは力が抜けたように博士に縋り付く。きっと博士からの愛情を錯覚して喜んでいるんだ。
気に入らない。
グリーンと共にマサラタウンへ帰ってくると、グリーンは僕の顔を一切見ないまま、絞り出すように謝罪の言葉を口にした。さっきのキスについて言及されるのかと思った僕は肩透かしを食らった気分だった。
「でも、オレはこれからも絶対にお前には負けない。例えじいさんがお前贔屓でも、全部お前より先にこなして、強くなって、全員見返してやる」
ようやく顔を上げたかと思えば睨むようにそんなことを言うので、僕の気持ちはほんの少しも通じていないと解ってため息が出た。こいつはどうやったって、博士のことしか見ないんだ。心に沸いて生まれたのは憎しみだった。
「なら僕は、全力で追いかけて、絶対に君より強くなってやる」
「──上等だ」
世界で一番強くなったところを僕に引きずり落とされて、何もかも失って孤独に耐えられなくなって、縋り付いてくればいい。
僕の大好きなあの表情で。
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