三周目:ONLY ONE

次に鳥に連れられたのは森だった。森と言っても人の手の入ったような小道が続いている。そこにレッドの後ろ姿が見えた。


「──レッド!」


追いかけたものの曲道で見失ってしまった。


「何? レッドがいたの?」

「ああ──ってお前、腕元に戻ってるじゃねーか」

「あ、本当だ」


最初の頃のように戻ったゴールドはグリーンの腕からぱっと降りた。


「ここは──スズの塔までの小道だね。多分この先に塔がある。レッドがそっちに向かっていったなら、追いかけよっか」

「あ、ああ──」


ゴールドは完全にこの世界の創造主をレッドと決めたようだ。だがグリーンはどうしてもその結論に納得がいかなかった。


穏やかな昼下がりといった雰囲気の小道を歩いていくと、ゴールドのいう通り塔が見えた。前には看板が立っている。ゴールドはそれを覗き込み──固まった。

グリーンも続いて看板に書かれた文字を確認すると、そこにはこう書かれていた。



君はゴールド?



「そんなの僕が知りたいよ」


苛立たしげに吐き捨てたゴールドは、さっさと塔へ入ってしまったのでグリーンも慌てて追いかける。


中は相変わらず真ん中に柱がある木製の部屋があった。柱は動いていない。柱にも何か書かれているようで、目を凝らして確認すると、コワセ、と書かれていた。ゴールドはこの文字に気づいていないようだ。


ぐん、と世界が一瞬歪む。


「ええと──LEAVEのアンノーンとヒノアラシのハリーか。最初に戻ったのかな?」


いつの間にか入ってきたはずの入り口は消えていた。柱の文字も消えている。完全に最初の場所だ。またループしたのか。


「まあでも、するべき事ははっきりしたね」

「するべきこと?」

「この世界を創り出しているのはレッド。なら、この世界から抜け出すにはレッドを倒せばいい」


レッドがこの世界を創り自分達を閉じ込めている。ゴールドはそう主張している。


──本当にそうだろうか?

──それが真実なんだろうか?


でもそれだと違和感がある。何か大きな見落としをしている気がしてならない。グリーンは思考の海に沈んだ。何かを掴みかけている気がするのだ。


──そもそもレッドが寂しさでこの世界を創ったなら、矛盾が無いか?


寂しいなら、普通一緒に居ようとしないか? ゴールドの手足を簡単に奪っておきながら、レッドはむしろ行動が制限されているかのように出てこない。出てきても強制バトルだ。本当にゴールドの手足を奪っているのはレッドなのか?


俺が特別ならば、特別だから何も無いのならば、俺が来た時点でゴールドはどうでもいいはずだ。それなのに一緒に居ることを許している。自分はほとんど何もせずに。



今一番得をしてるやつは誰だ?



「好きな人相手だとやっぱ抵抗ある? でもこのままじゃあの人のためにもなんないよ!」


ゴールドは。


──少なくともアンノーンは僕のじゃないよ


ゴールドは最初にそう言っていた。この世界で意思を持っているだろう人物は五人。俺に、レッド、ゴールド、赤い髪の少年と、ゴールドに似た誰か。赤い髪の少年はこちらが見えていないようだったし、ゴールドに似た誰かもまあ、ゴールドがはっきりと「あいつは違う」と言っていたので、除外していいだろう。


つまりアンノーンの言葉はレッドの言葉というわけだ。それにしてはその言葉たちは──


そう、簡単な単語だけだからいくらでも訳しようがある。俺は、ニュアンスを読み違えていたんじゃないか?


落ち着いて順番に思い出してみよう。レッドが黒幕ではないと仮定して。



LEAVE HURRY──早く逃げて。


R.I.P──安らかに眠れ。これはそのまま、ヒノアラシを指していたか、それとも。


DYING──死にかけてる。まさか、俺のことか? ゴールドに対してなら今更すぎる。俺が来るずっと前から繰り返している世界なのだから。


LONELY──孤独。そういえば、ゴールドは明らかに孤独を恐れていた。


DENY──否定。バクフーンの名前も加味すると、PLEASE DENY──否定して。あの時ゴールドは忘れられることを恐れていた。それを否定しろという助言だったのか?


ALL LIE──全て嘘。この世界が、嘘。それともゴールドの言葉が⋯⋯?


こうして並べてみると、これはまるで、今までレッドは。



俺に警告して、真実を伝えて、助けようとしている──?

そう考えた方が、しっくりくる気がした。



「大丈夫? さっきからぼうっとしてるけど」



今までのゴールドの言葉が、鮮やかに脳内で再生される。


──僕たちはここから逃げない

──うん、それでいいんだよ

──あんたと永遠にランデブーってのも悪くないかもね

──別になんか、こんな大変な思いしてまで外に出なくても良いんじゃない?

──永久にここで一人ぐるぐる彷徨わなきゃなんないわけ!?


消去法で黒幕だと確定するのは安易すぎる。でも。

まるでここから出たくないかのような、俺と二人でここに居たいかのような、その言葉は。


──こんなはずじゃなかった! いやだ、一人はやだ、そんなの、もう、耐えられない⋯⋯!


ああ、そうか。


哀れみや、年上として守らなければという使命感に邪魔されて、失言に気づけなかった。



──寂しいんじゃないかな。



本当に寂しかったのは。苦しさを訴えていたのは。



「寂しかったのは、ゴールド、お前だったんだな」

「は? なに、急に」

「気づいてやれなくてごめんな」

「なんだよ、意味、わかんない⋯⋯」


ゴールドは動揺している。対してグリーンは、今までの不安が嘘のように消え去って、心は凪いでいた。



「この世界を創ったのはレッドなんかじゃなくて──お前なんだろ、ゴールド」



ゴールドは目を見開いた。


「何それ──はは、は⋯⋯。何でそうなるわけ?」

「そもそもレッドが黒幕なら、スズの塔とかジョウトのジムリーダーとか、出てくるわけないんだよ」

「じゃあレッドじゃないのかもね。でもだからって僕って決めつけるのはどうなの」

「お前は世界を創ったけど、上手くいかなくて自分でもどうしようもなくて、そんな中一人でいるのが嫌だったんだよな。だから言ったんだろ。『こんなはずじゃなかった』って」

「そんなこと、言ったっけ⋯⋯」


「俺はもう、想像でもなく推測でもなく、確信してる。この世界を創ってるのはお前だ。そんで寂しくて俺を閉じ込めて、全てをレッドに押し付けようとしたのは──お前だろ、ゴールド」


悟りきったグリーンの目線を感じ取ったゴールドは、ゆっくり息を吐いて、泣きそうな目をして──


悪戯っ子のように口角を上げた。




「ばれちゃった?」





***


「そう! 大正解! ここは僕が創り出した世界!」


両手を広げてゴールドは笑う。


「とはいえ、ずっと昔からここにいるっていうのは本当でさぁ⋯⋯僕の記憶も限界はあって、こんな薄気味悪い世界になっちゃったんだけどね。油断すると自分も保てなくなりそうなくらい。まあ、敢えてそうした時もあったけど」


でさぁ、とゴールドは首を傾げる。


「あんたはどうするつもりなの? 僕に同情してんなら、ここに居てくれんの?」

「いや、俺の気持ちは最初から変わらない。ここから出るよ」

「ふーん。あんたって嘘つきだね。ずっと一緒に居てくれるって約束したのに。それに──」


すっごく馬鹿だ!


ゴールドは可笑しくて仕方ないというように大声を上げて笑った。スズの塔が揺れる。ぱらぱらと木の破片が降ってきた。グリーンは──


走った。

素早くゴールドの脇を通り抜け、柱の裏手に回る。相変わらずそこには下への階段がある。一気に駆け下りた。


「逃げてもムダムダ! ここは僕が創った世界なんだって! 出口なんてあるわけないだろ!」


そんなはずは無い。グリーンは最初からこの世界に居たわけでは無い。入ったのだ。入口があるなら、出口だってあるはずだ。レッドが助けようとした以上、抜け出す方法は必ずある。


階段の下は暗闇──ではなく少し明るかった。後ろからヒノアラシがついて来ていた。ヒノアラシは身軽にグリーンの胸に飛び込む。それをしっかり受け止めたグリーンは、階段の近くにある扉を開けて迷路のような部屋に入る。


あの看板の文字もレッドの言葉だとしたら。看板から引き返した場所──このルートが正しい、という予想だった。


「なーに? 鬼ごっこしたいの? あんたも案外子どもっぽいね! じゃあこれが終わったら次は──人形劇でもして遊ぼうか!」


ゴールドが追いかけてくる。ゴールドは油断している。絶対にグリーンがここから出ることは不可能と思い込んで、舐めている。グリーンにとってそれは好都合だ。


シロガネ山の最奥にたどり着く。確かここにもレッドはいた。レッドの後を追うようなイメージで、グリーンはヒノアラシを抱えながら走りつづける。


「あーあ! 邪魔者消して、騙されてる愚かなあんたと永遠にここで楽しく彷徨う予定だったのになぁ! 走り続けんのも疲れるっしょ? ちょっと休憩しない? 時間はいくらでもあるんだから!」


シロガネ山の外に出た。外にはリザードンがいた。グリーンがリザードンに飛び乗ると、一気に上空へと舞い上がる。


「あっ、くそ! なんで──あいつか! あいつっ、ほんと! 邪魔ばっか! 僕と同じくせに! 僕に共鳴したくせに!」


下でゴールドが叫んでいる。ここはゴールドの創った世界だ。きっと引き離すことはできないだろう。ヒノアラシはじっとゴールドを見つめていた。



リザードンが降ろしてくれたのはスズの塔までの小道だった。ここは酷く静かで穏やかだ。ヒノアラシはバクフーンになっていた。グリーンを先導するように前を走っていく。


スズの塔に入った。中央の柱にはコワセ、と書かれている。柱にそっと触れると、後ろからバタン、と扉が開かれる音がした。


「みーつけた」


ゴールドだった。全身が白くて、目からは血が流れている。


「あんたってかわいいよね。逃げても意味ないのに、怖くて怖くて逃げて逃げて、また最初に戻ってくるんだから」

「──ゴールド」

「何? 僕こう見えてすっごく不機嫌だから、暫くは優しくなんてしてあげないよ。この世界じゃ、あんただけ痛覚があるみたいだしね?」


ゴールドが一歩前に出ると、グリーンを守るようにバクフーンが立ちふさがった。


「随分あんたに懐いてるみたいだね。あんたのポケモンだったのかなぁ? 一応僕が持ってたのに、僕にここまで逆らうなんて、何度も死なせちゃったからよっぽど僕のこと恨んでるんだろうね」


自虐のような言い様だ。


「⋯⋯こいつは、やっぱりお前の相棒だと思うぜ」

「なんでそんなこと言えるのさ」

「お前もトレーナーなら、判るだろ? ⋯⋯解ってやれよ」


ゴールドは黙り込んだ。


この世界を創っているのはゴールドだった。

ずっと昔からここにいるのだと。

何度も喪失を繰り返しているのだと。

こんなはずじゃなかったんだと。


つまりこの不安定で気味が悪い狂った世界と身体はゴールド自身不本意だということだ。

それをヒノアラシは、あるいはバクフーンは、よく知っていたはずだ。


「こいつは。お前が好きだから、心配だから、何度死ぬことになってもお前の元にまた戻ってくるんだよ」

「⋯⋯⋯⋯」

「健気じゃねーか」


ゴールドは一瞬苦しげに目を細めた後、だから? と低い声を出した。


「だから何? それで見逃してもらえるとでも思ってんの? 僕がそれに感動してこの世界を終わらせるとでも?」

「もともとお前にこの世界を終わらせるなんて酷なこと考えてねーよ。俺も、こいつも」

「だったら──」

「バクフーン!!」


ゴールドの言葉を遮ってグリーンは叫んだ。



「火炎放射!」



バクフーンは柱に向かって技を放った。スズの塔の柱は燃えていく。とても綺麗な火の粉を飛ばしながら、燃えていく。熱さは無かった。この世界にそんなもの、もともと存在しない。


暫く呆然としていたゴールドは、はっとなって取り乱し始めた。


「まて、まてまて! なんで!? 何で消えないんだよ! 待って、やだ、このままじゃ、世界が、僕の、居場所が──壊れちゃうじゃないか!」


燃えるにつれてだんだんと辺りが白くなってきた。膝をついて震えるゴールドの肩にグリーンは屈んで手を置いた。


「なあ。お前はどうしてこの世界を創ったんだ?」

「それは──」

「忘れられるのを怖がってたよな。何で?」

「あんたには──」


あんたにはわかんないよ! とゴールドは叫んだ。


「僕は主人公だけど、でも、所詮数ある世界の中の一人にしかすぎなくて、代用品なんていくらでも利いて、どれだけバッジを集めても、チャンピオンになったとしても、世界を動かす存在が居なくなったらそれまでで、忘れられたら、一生、なにも──」

「⋯⋯確かに俺には解らない話だな」

「僕の──僕の理解者はレッドだけだったんだ。あいつも僕と同じはずなのに、だからこの世界に囚われたんだろうに、今更あいつは、この世界を終わらせようとして、なんで、なんで──」


ゴールドはもう、先程までの威勢はまるで消えていた。


「なあ、アンノーンの文字ってレッドの言葉だと思うんだけど」

「⋯⋯それがなに」

「ONLY ONEってあったよな。お前は一人だけって訳したけど。俺は違う解釈なんだ」


まるで迷子の子どものように、ゴールドはグリーンを見上げた。


「数ある世界ってのが何か分かんないけど、お前はお前だよ。代用品なんて利かねーよ。少なくとも俺は、お前が、好きだ。他の誰でもない。ONLY ONEって、ただ一人って意味だと思うぜ」

「⋯⋯⋯⋯」

「レッドが助けたかったのは、俺だけじゃない。お前もだ」


バクフーンが抱きしめるようにゴールドにぴたりとくっついた。ゴールドはもう半分くらい消えかかっている。この世界もどんどん無に近づいている。


「お前はすごいトレーナーだよ。ジムもたくさん制覇して、チャンピオンなって、お金も自分で稼いで、図鑑も全部埋めちまって──大したやつだよ。そんなやつのこと、誰も覚えてないなんて、あるわけないだろ」

「⋯⋯⋯⋯」

「終わりってのは誰にだって訪れるもんだよ。でも──お前はやりきった。少なくとも俺は、絶対お前のこと忘れねぇよ」


ゴールドは力が抜けたようにバクフーンにもたれて、白く燃える柱を眺めた。


「やっぱりあんたは何も解ってない」

「理解してやれなくて悪かったな」

「あんたは僕のこと亡霊かなんかだと思ってんだろうけど、命が無くなったんじゃないんだよ。世界が無くなるんだよ。だから創ったんだよ」

「そんで自分で苦しんでたんだよな」

「忘れ去られたまま消える方が厭だったんだ。僕は」

「お前がいう世界を動かす存在っていうの、俺にはさっぱり分かんないけどさ、終わったって忘れるってこと、無いと思うけどな。愛着とか、そういうのあるんじゃねーの? 自分が動かしてた世界なら」


ゴールドはほとんど消えかかっていた。こちらに手を伸ばしたから、握ってやることは出来なかったから、グリーンは己の手をそれに重ねた。


「⋯⋯ずっと騙しててごめん」

「本当にな!」

「でも、グリーンがここに来てくれて嬉しかったのは、本当だから」

「ああ──」


俺もなんだかんだ、怖いことばっかだったけど、お前とここで過ごした時間は楽しかったよ。


そう言うとゴールドはほっとしたように笑って──バクフーンと共に消えた。




***


どこまでも白が続くまっさらな広い世界。

そんな中にグリーンだけが存在している。


見渡すと、いつの間にかレッドが立っていた。

辺りにはアンノーンが漂っている。


「レッド」


レッドはこちらを振り向いた。今はしっかりと視線が合って、逸らさない。


「お前がずっと助けてくれてたんだな」


レッドは少し迷うように視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。


「でも、よく見るとお前、俺の知ってるレッドと違う気がするんだよなー。あいつが言ってた数ある世界ってのと関係あんのかな?」


レッドは何も言わない。


「まあでも、ありがとな」


そう笑えば、レッドも応えるように小さく笑って、何も無い場所を指差した。


「あっちに行けば良いのか?」

「⋯⋯⋯⋯」


頷くレッドの後ろにいるアンノーンは──


DO NOT FORGET


「忘れねーよ。あいつも、お前のことも」


肩を竦めてレッドの指す方へグリーンは足を進めた。


「そういや、お前はどうすんの?」


ふと、気になってもう一度振り返る。そこにレッドは居なかった。

こっちのレッドも勝手なやつ。と拗ねるように呟いて、グリーンはまた歩き始めた。


だんだんと眩しくなっていく世界に目を細めながら、ひたすらにまっすぐ、前へ。



グリーンの本来の居場所へと。



EPILOGUE

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