二周目:WHO ARE YOU KID?

キュウ、と小さな生き物がゴールドの腕の中で愛らしく鳴く。ヒノアラシが生まれたのだ。


シロガネ山の中を歩いていると、途中から川のように流れる水があちらこちらに湧いていた。その道すがらたまごからヒノアラシが孵った。


ゴールドは大事そうにそれを抱えて歩き出す。前を歩くゴールドの様子は伺えない。まあそもそも──顔が無いのだけど。


「なんであんただけ無事なんだろうね?」

「え?」

「あんたも結構この世界に来て時間が経つのに、何もないだろ? あっ、嫌味じゃないよ! この世界を知るヒントになるかなーと思っただけ」


確かにゴールドの言う通りだ。この世界の住人──という表現が正しいのか判らないが──はみんな顔が無い。レッドも何だか透明だし、一瞬だけ──首も無くなっていた。ゴールドなんてもっと酷い。そんな中グリーンだけが何とも無い。それが何を意味するのか。


「いや、荒野にいたもう一人のゴールドっぽいやつも、何もなさそうだったけど」

「あいつは──ちょっと違うから」

「それはどういう──」


問いかけると、ゴールドはくるりとこちらを向いてスタスタとやってきたかと思えば、背伸びをして片手でグリーンの頬をぐいぐい引っ張った。


「いひゃ、あにふ──何すんだよ!」

「痛いんだ」

「当たり前だろ」

「僕はもう痛みなんて無くなっちゃった。あんたも長いことここにいるのに、やっぱり──」


「この世界にとって、あんたは特別なのかな?」


ゴールドの顔は元に戻っていた。無表情だった。それが少し、怖いなんて。


「ゴールド、顔、元に戻ったぜ」

「あ、本当に? 良かった良かった! そろそろ外が近いみたい。風が吹き込んできてる。あれが出口かな? シロガネ山の」


ぱっと笑顔に戻ったゴールドはもういつも通りで、楽しげに出口へ駆けていった。



果たして出口を抜けるとシロガネ山の外だった。空は朱く、黄昏時のようだ。川の近くを見やると、赤い髪をした少年が立っていた。


少年ははっとしたようにこちらを振り返る。その顔は無かったから、シロガネ山の外に出たからといってこの世界から抜け出せたわけではないのだと知る。


少年は暫くこちらを眺めていたが、気のせいか、とぽつりと声を零して、また川の水面を眺めた。


「あいつ、僕らのこと見えてないんだよ。笑えるよね」

そう言って目を伏せて笑うゴールドはどこか寂しそうだ。


赤い髪をした少年の隣には青いポケモンがいた。ゴールド曰くオーダイルというポケモンらしい。オーダイルはこちらに気づいて振り返り──突然襲いかかってきた。


ゴールドが抱えていたヒノアラシは飛び降りて立ちはだかるようにオーダイルと対峙する。とてもじゃないが勝てないだろう。


ゴールドはバッグをごそごそ探ると何かを取り出し、オーダイルに投げつけた。何かの液体のようだ。それを浴びたオーダイルは眠りにつき、ヒノアラシの『悪夢』によって倒れた。皮肉みたいな技だ。


「アイテムは何も持ってないんじゃなかったのか?」

「無かったけど、入ってた。まあ正式なバトルじゃないから、ズルじゃないよね」


こんなに騒がしいのに赤い髪の少年はまるで気づいていないようで微動だにしない。


興奮しているヒノアラシをボールに入れて、ゴールドは「ここ、何も無いみたいだし、戻ろうか」とグリーンを引っ張っていく。



シロガネ山入り口には何かがいた。黒くてもやもやしていて、何となく鳥のような形をしている。鳥のような何かは背を屈めた。


「乗れってことかな」

「乗って大丈夫なのか」

「今更なに来たってもう驚かないよ! それに、今は二人だからね」


ゴールドはこちらを見上げて、ふ、と笑う。そうだな、と返してグリーンはゴールドとともにその背に乗った。ぐん、と空高く舞い上がる。


行き先は天国か地獄か。まあ──



地獄だろうな。




***


鳥らしきポケモンに乱雑に落とされた場所は都会のようだった。


「痛ってーな。大丈夫か? ゴール⋯⋯ド⋯⋯」

「うーん⋯⋯あんまり」


また。またゴールドの腕が無くなってる。

ゴールドは億劫そうに足で立ち上がり辺りを見渡すと、コガネシティかなぁとつぶやいた。グリーンはゴールドのバッグに手をつっこみボールを取り出した。


「あっ、何すんのさ!」

「新しい場所に来たら、一応確認してみた方がいいだろ」


アンノーンは六匹になっていた。

A、L、L、L、I、E。

ALL LIE──全て嘘?


それを見たゴールドは分かりやすく肩を跳ねさせる。そしてぺた、とその場に座り込んだ。


「何だろうな⋯⋯おい、どうしちゃったんだよ」

「なんか⋯⋯疲れた。立てない。もう歩けない。また運んで」

「お前な⋯⋯別にいいけどさ」


ゴールドに対する哀れみのようなものが、断るという選択肢を消す。グリーンはまた横抱きにゴールドを抱えた。


「カントー最強ジムリーダーに介抱されるなんて、役得だね」

「元気そうじゃねーか。落とすぞ」

「冗談冗談! やめて!」


コガネシティらしき場所には何人か人が居た。グリーンも知っている、ジョウトのジムリーダーたちだ。皆やっぱり顔がない。それどころか全員一匹ずつアンノーンを後ろに佇ませていた。


北ゲートの近くには四天王がおり、ワタルもいた。こちらの方に顔は向いているが何も反応しない。いつも一緒にいるカイリューではなく、ワタルもまたアンノーンだ。


「まじで気味悪いな、ここ⋯⋯。早く出れるといいな」


グリーンの言葉にゴールドはびくりとして、頭をグリーンの胸に押し付けながら震える声でつぶやいた。


「あ、あのさ、別になんか、こんな大変な思いしてまで外に出なくても良いんじゃない?」

「何言ってるんだよ、大変な思いしてるから出るんだろ。何のためにここまで──」


だって! とゴールドは射抜くようにグリーンの目を見つめて叫んだ。


「全員が脱出できるかなんて分かんないじゃん! あんたがここから脱出したら、僕はどうなるのさ!? それかレッドとあんただけが消えちゃったら? 永久にここで一人ぐるぐる彷徨わなきゃなんないわけ!?」

「お、おい」


興奮したゴールドの目は赤く染まり、そこからは血が溢れていく。


「もうやなんだよ!! ポケモンが死んだり消えたり、うんざりなんだ! こんなはずじゃなかった! いやだ、一人はやだ、そんなの、もう、耐えられない⋯⋯! ましてやそのまま──!」

「落ち着け! 興奮するんじゃない、おまえ、身体が──」


ごほっとゴールドは血を吐き出した。縋るような目で、短く息を吐きながらグリーンを見上げる。


「じゃあ、これからも一緒にいてくれる?」

「解った、約束する、だから」

「約束⋯⋯うん、約束だからね」


──落ち着いたようだ。

そうだ、こいつはまだ子どもなんだ。様子がおかしいからと怖がってはいけない。今までグリーンばかりが怯えその度にゴールドは元気付けてくれた。本来は年上の俺がしっかりすべきなんだ──グリーンはゴールドを落とさないよう抱え直した。


グリーンから視線を逸したゴールドは、はぁ、とため息を吐いた。


「⋯⋯ごめん、ここのとこ、ヒステリックだね、僕」

「いや、むしろこんな中でよく正気を保ててるよ、お前は」


沈黙が落ちる。

ゲートの前にはまた黒いもやもやとした鳥がいた。乗れと合図を出している。


「実は──僕さっきあんたに嘘をついたんだ」


ゴールドはぼうっとその鳥を眺めながら、そんなことを呟いた。その目は何かを決心したかのようにも見えた。


「嘘?」

「NILのアンノーン⋯⋯本当はあともう二匹いたんだよ」


あの──迷路のような場所に居た時のアンノーンか。確かにあの時のゴールドは様子がおかしかった。


「残りはO、Y⋯⋯多分、ONLY I。Iはアルファベットじゃなくて数字だと思う、つまり──」

「ONLY ONE。一人だけ?」


ゴールドは小さく頷く。


「これは僕の予想だけど、多分この世界から抜け出せるのは、あんただけなのかも。それか、一人だけ──出られないか」

「⋯⋯⋯⋯」


グリーンは器用にゴールドを抱えながら、鳥に乗り空へ舞い上がった。




***


着いた場所は全てが紫色の街だった。目の前にはまるで結婚式の花道のように、ジムリーダーや四天王達が左右に並んでいる。アンノーンを引き連れて。相変わらずゴールドの腕は無くなったままだ。


W、H、O。


A、R、E。


Y、O、U。


K、I、D。


──少年、お前は誰だ?


それはグリーンに言っているのか、ゴールドに言っているのか、はたまた別の誰かなのか。


青ざめたゴールドが小さく何かを呟いた。あまりに小さすぎて聞き取れない。


「なんて言ったんだ? もう少し大きい声で話してくれよ」

「じゃ、あんたが顔近づけて」

「普通に喋れるじゃねーか」

「あいつに聞かれるとまずいから、ほら」


あいつ、というのはレッドのことを指しているんだろうか。グリーンは仕方なくゴールドの方へ顔を寄せた。するとゴールドはそんなグリーンの耳を──噛んだ。


「んっ──」


驚いて声を上げた途端、地響きのようなものが起こり危うくゴールドを落としかけた。慌てて体勢を立て直すと、今度はゴールドの口からごぽりと血がこぼれた。


「お、おい──」

「げほっ、うえ⋯⋯やっぱこうなるか」

「やっぱって、なんだよ⋯⋯!」

「分かりやすい反応! キスでもしたと思ったのかなぁ?」

「は?」

「うん、でも、これではっきりした」

「何が──」


ゴールドは嘲るように笑う。少なくともグリーンにはそう見えた。


「この世界はレッドが創ってるってこと」


レッドが──?


「ただそうなると⋯⋯非常にまずいね」

「あんたがこの世界で死んだら、もうループせずにみんな死んじゃうかも」


この狂った世界を創り出している──?


「どうして、あいつだと──」

「この世界であんたは特別みたいだし、何も起こらないし、あいつもあんたのこと気にしてたみたいだし? だからグリーンとイチャついたら何か起こるかなーって思ったんだけど、案の定だったね」


俺のことを──?


「レッドが⋯⋯なんの、ために」

「あの人って多分、もう死んでるんじゃないかな。元の世界で初めてあの人に会った時も、生きてるか死んでるのか分かんない感じだったし。でも成仏できなくて、こんな世界創って僕らを閉じ込めてるんじゃない? たまたま会ってしまった僕は最初の犠牲者だったわけだ」


もう死んで──?


「独りで死ぬのが嫌だったのかも」

「なら、俺達が来た時点で──殺してるんじゃないか? あいつが創った世界なら、思い通りだろ?」

「迷ってるんだと思う」


ゴールドは目を伏せた。


「死んだ後の世界なんて──分かんないでしょ。信心深いってわけじゃないならなおさら。僕だって成仏っていうのがどういうものか分かんなくて、怖いもん。殺したところでどうなるか判らない。だから、多分あの人は、ただ──」


寂しいんじゃないかな。



レッドはもう死んでいて、独りが嫌で、この世界を創って自分達を閉じ込めている? つまりさっきの地響きはゴールドに対する嫉妬だと? そんなの。



──到底信じられない。




三周目:ONLY ONE

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