#04 チャンピオン戦後

「お前がチャンピオンだ⋯⋯認めたくねーけど⋯⋯」


ちらりとレッドを伺うと、そこにおれの予想していたものはなかった。失望も憐れみも、軽蔑もない。その目はおれを対等に見ていた。

それに何故かひどく安堵して、レッドに抱いていた憎しみはすうっと凪いだ。そうだ、おれがちゃんと、レッドの強さを認めて、己の弱い部分を受け入れて向き合えば、また昔みたいに──


「レッド、おれ──」


その時バタンと扉が開かれた。現れたのはじいさん──オーキド博士だった。


咄嗟に後ろを向いて溢れかけていた涙を拭う。祖父の前でそんな姿、晒すわけにはいかない。


「レッド! ポケモンリーグ制覇、心からおめでとう! 初めてポケモンをもらって旅に出た頃に比べると随分たくましくなったな。 いやはやレッドは大人になった!」


俺の隣に来たじいさんはレッドと向き合いそう讃え、そして俺へと向き合った。


「グリーン⋯⋯! 残念だ!」



ひゅ、と喉が鳴る。




じいさんが去ったあと、俺の心を占めたのはひたすらにレッドへの憎しみだった。


レッドがいなければ! レッドさえいなければこんなに焦ることも無かった! ちゃんとポケモンにだってもっと向き合えたし優しく出来た!


──グリーン!ポケモンリーグ制覇!心からおめでとう!初めてポケモンをもらって旅に出た頃に比べると随分たくましくなったな!


そう褒められて讃えられるのは俺だったのに!

ああ、やっぱりレッドなんて嫌いだ。いや違う、心の奥では解っている。レッドのせいなんかじゃない。自分の問題だ。レッドが憎いんじゃなくて──


でもこの内側にどろどろと蠢く何かをどうしたらいいのか分からない。どこへ持っていって何にぶつけたらいいのか解らない。

視界が赤く染まって歪んで、呼吸をしても震えは止まってくれない。


人が捌けていく。チャンピオンでない奴がここにいたってセキエイのスタッフからすれば迷惑だろうに、気でも遣われているのか声をかけるものは居ない。


少ししてから、おれはゆっくりと歩き始めた。



***


閑散としたロビーを抜けて外に出れば、心とは裏腹に実に穏やかな風が頬をなでた。世界の終わりみたいに赤く染まった空を見上げると、少しだけ寂しくなる。


「グリーン」


声を掛けられた。顔を向ければレッドがいた。

心が一気に波立っていく。


「チャンピオン戦では僕が勝ったけど、でも──」


チャンピオン戦では僕が勝った──その言葉に頭が真っ白になって、気がつけば俺はレッドを引き倒してのしかかっていた。


そのままレッドの首に手をかける。

少しだけ、ほんの少しだけ力を込めてやればいい。

そうすれば、俺を苦しめるものはいなくなる──


「──グリーン」

「⋯⋯⋯⋯っ」

「そんなんじゃ死なない」


レッドは俺の手首を握って、薄く笑ったかと思うと、次の瞬間腰を突き上げた。


「うわっ!?」


驚いて体勢を崩した俺は咄嗟にレッドの頭の左の方に両手をつく。焦って起き上がろうとするとレッドが己の左手で俺の右手をつかみ、左足で俺の左足を挟んだ。そのまままた身体に衝撃が走ったかと思うと気がつけば俺はレッドに馬乗りにされていた。


「形勢逆転ってね」

そしてレッドはおれの首に手をかけて締め付ける。


「⋯⋯ぐっ、ぁ⋯⋯!」

「僕を殺したって君は解放されない。そんなに辛いなら──僕が楽にしてあげる」

かすんだ視界にレッドの笑みが見える。俺のことなんて気にもとめて無いようで、その実こんなに恨まれていたのか? 望んでいた俺に対する執着を見ても、喜びどころか酸素が体内に入ってこない恐怖が心を占める。 ああ、だめだ、こいつは本気だ。


苦しい、苦しい、いやだ──


少しだけ力が弱まる。

「げほっ⋯⋯! あ、ゃだ、死にたくな⋯⋯れっど⋯⋯はな⋯⋯」

「死にたくない?」

「ぁ⋯⋯! やだ、や⋯⋯っぐ⋯⋯」

「無様でかわいいね」

そう聞こえた瞬間一気に酸素が入り込んできた。レッドが手を離したようだ。

「⋯⋯⋯⋯がはっ、はっ、けほっ、はぁ、は⋯⋯」

「さっきは邪魔が入っちゃったから──二人でゆっくり話せる場所に移ろうか」



#05 最終回

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