#02 あせり

おれはポケモン博士であるじいさんの孫ということもあって、ポケモンの知識はきっと世界中の同年代の子どもよりあるだろう、というくらいには持っていた。


「グリーンはものしりだね」


レッドより圧倒的におれは物知りだった。別にレッドが何も知らないってわけじゃない。ただ何故かポケモンの知識だけは一切持っていなかったから、結果的におれがレッドに教えることの方が多かった。


でもだんだんとレッドとの知識量は大して変わらなくなった。単純なことだ。物知りだと持ち上げられて調子に乗って、自分の持つ知識のすべてを教えてしまったからだ。意外とこいつは記憶力が良かった。いや、良すぎた。


多分この時点でおれはうっすらと気づいていた。レッドが何に対しても興味を持っていなかった理由を。こいつにとってこの世界は簡単すぎたという事実を。


そしておれは、そんなレッドを認めて誇りに思って尊敬できるほど──素直じゃなかった。



***



「グリーン! レッドくんが遊びに来てくれたわよ」

二階の自室で勉強していると、姉が自分を呼ぶ声が聞こえた。仕方がないので階段を下りて玄関に向かう。


「何か用?」


おれの冷たい声にレッドは一切物怖じせず、一緒に勉強しようかと思って、と口にした。全身から漂う拒絶の空気に気づけないほど鈍感なのか、気づいていて敢えて無視しているのか。どちらにせよ腹立たしい。


「悪いけどお前の相手してる暇ねーの。じゃあな」


そうあしらって扉を閉めようとすると、後ろで見守っていた姉に咎められた。


「グリーン! 折角来てくれたのにそれはないでしょ。上がってもらったら良いじゃない」

「だって⋯⋯」


おれが口を尖らしているとレッドは姉に「気にしないでください」と声を掛けた。人の姉を気遣えるなんて、随分成長したものだ。


「グリーンの勉強を邪魔したいわけじゃないから」


相手を思いやった優しい言葉なんだろうが、おれには「一人で籠もって勉強しなきゃいけないくらい余裕が無いんだろ?」と煽られているようにしか聞こえない。


わざわざ喧嘩を売って姉にまた何か言われても面倒なので、レッドをひと睨みしてから黙って自分の部屋に戻った。ごめんね、と姉がレッドに謝る声が聞こえる。



率直に言おう。おれは焦っていた。



少し前までは何もかもレッドよりおれの方が上で、だからこそ常に余裕を持っていた。でも最近はどんどんレッドの学力が上がっていって、前回のテストではとうとう点数が抜かされた。頭を殴られたような気分だった。レッドに「グリーンはどうだった?」と聞かれ、咄嗟にレッドの点数より少し上乗せした点数を言ってしまった。自分が凄く小さな人間に思えた。


前回負けたのは、おれが自分の時間をレッドに割いていたからだ。まるで磁石で引きつけられているかのようにレッドがおれにくっついているから、勉強の時間が取れなかったんだ。


だから純粋な実力差はおれの方が上のはずなんだ。


それだけじゃない。縄跳びも、キャッチボールも、追いかけっこも。最初はてんで駄目だったくせに、おれが苦戦する縄跳びの技ができるようになって、キャッチボールのコントロールはおれより上手くなって、追いかけっこも最近はおれが鬼ばっかりだ。


レッドは出来なかったんじゃない。やる気がなかっただけなのだと、気づいたのはつい最近。


しかも昔はおれの方が背が高かったのに、最近同じ背丈になった。いつか抜かされるんじゃないかと思うと気が気じゃない。誤魔化しようのない明確な差が現れるのが怖かった。


だんだんと逆転していく力関係におれは焦っていた。

いつかレッドに大切な何かを奪われる予感がした。



***


テストの結果は87点。今回は応用問題が多くて難しかったし、なかなか悪くない点数じゃないだろうか。それでも90点台を切ってしまったことに不安を覚えながら、おれはレッドの元へ向かった。


「よぉレッド。テストどうだったよ」

「なんか久しぶりだねグリーン。92点だった。ケアレスミスしちゃってさ」

「92点⋯⋯」


絶句した。

5点。たったそれだけの点差なのに、完全敗北したような気分だ。


「グリーンは?」

「⋯⋯え? あ、おれ、は⋯⋯」


咄嗟に返せず言いよどんでしまい、ほんの数秒だけ沈黙が落ちる。


「⋯⋯そういえば、お母さんが最近ケーキに挑戦しててさ、今度食べに来てほしいって」

「──は?」


唐突にレッドにそんなことを言われて呆気に取られたおれは、次の瞬間かぁぁっと顔が熱くなった。


──気を遣われた。


気を遣われた、気を遣われた! レッドなんかに! この、おれが!


「⋯⋯お前、おれをバカにしてんの?」

「え、何の話。ケーキ嫌い?」

「そういう⋯⋯! そういう話じゃねぇだろ! お前が言いたいことは! おれのこと見下してんのか? どうなんだよ。はっきり言えよ!」

「ごめん、グリーンが何言ってるのか解らない」

「⋯⋯⋯⋯っ、もういい、帰る」


ああ、これじゃ子どもだ。それでも今はレッドの顔を見たくない。びっくりしておれを引き留めようとしたレッドの手を振り払って、自宅に引き返した。


***


その後おれは必死に努力して成績も運動もレッドを抜かした。でもそうして喜んでいるうちに気づけばレッドに抜かされる。

いつしかレッドは、おれにとって超えたい相手であり抜かされたくない相手となっていた。



そこに純粋な友愛なんてもう無かった。



#03 こどものころ レッド視点


0コメント

  • 1000 / 1000