#01 こどものころ
知らない世界を見せてくれた相手に、知らない感情を教えてくれた相手に、人は執着してしまうのかもしれない。
***
「ほら、レッド、ご挨拶は?」
「⋯⋯よろしく」
一言発すればもう十分だろうと、新しい土地の同い年相手にすら興味を示さずその瞳は逸らされる。
レッドへの第一印象は別に最悪では無かったけど、決して良いものでもなかった。
「この子とっつきにくいかもしれないけど、よければ仲良くしてあげてね」
でもその母親はとても優しそうで、包容力があって、無条件に愛をくれそうな眼差しで。物心つくまえに親を亡くしたおれはすぐに好きになった。初対面でこちらと目も合わせようとしない相手にどう接したらいいか分からなかったけど、おれは無意識にその言葉にうなづいていた。
***
おれから見たレッドは少なくとも旅に出るまで自主性というものが無かった。いつも誰かに言われた通りにしか動かない。というより、言われなければ動かない。最初の頃なんて酷いもので、人生に何も期待してないかのように感情の抜けた表情をしていた。母親に頼まれなければきっと、おれはレッドと関わろうともしなかっただろう。
何かに興味を持とうという意思がない。相手と円満な関係を築こうという優しさもない。
それでもおれは、あの優しい母親の哀しむ顔も見たくなくて、なんとかレッドの固く閉ざされている心をこじ開けれないかと躍起になった。
***
「ポケモン? なにそれ」
「は? え!? 知らねーの!?」
驚いたことにレッドはポケモンの知識を一切持っていなかった。一体引越す前はどこにいたんだろう。テレビも雑誌もない環境で育ったんだろうか?
「ポケモンってのは、ポケットモンスターの略で、一緒に住んで可愛がったり、仕事の手伝いしてもらったり⋯⋯とにかく昔から人と関わりの深い、人と違う生き物っていうか⋯⋯」
「へぇ」
初めてレッドの目に興味の色がさした。ようやく突破口を得たようだ。この機会を逃さないよう「おれの家にポケモンの雑誌あるから見せてやるよ」と誘ってみた。
次の日初めてレッドは自分の足でおれの家に来た。
それから一気におれとレッドは仲良くなった。
レッドをあっちこっちに連れ回したり、面白い遊びを教えたり、聞きかじった広い世界について話して聞かせたり。その度に少しずつレッドの表情が変わっていくのが楽しかった。
レッドに勉強を教えてやって外に連れ出して、母親から随分感謝されたものだ。レッドが笑顔を向けるのも口を開くのもおれにだけ。それが嬉しくて、同い年の相手を世話してやってる自分が優秀な人間のように思えて、ますますおれは気合を入れて新しい知識を得る度にレッドに披露していた。
マサラタウンの柵を乗り越えて、海岸に二人で並んで座る。靴を脱いでざばざばと水を蹴ると、泡が肌をなでてくすぐったかった。
「なあレッド、正直さ、おれお前と初めて会ったとき、ヤな感じのやつだなーって思ったんだよ」
「だろうね」
「でも今は──へへ、お前が一番の親友だ!」
「⋯⋯そっか」
「なんだよ、お前は違うのかよ」
「ぼくも──グリーンが一番だ」
そんな、町の誰もが微笑ましく見守る少年二人だったのに。
いつからだろう、レッドを煩わしく感じるようになったのは。
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